仙夜一夜物語

第68回「玄米食への道(10)」

 玄米をお粥という形で商品化するに当たり、保存方法や流通の利便性を考えレトルト方式にした。レトルトならば、常温で流通できるし、購入されたお客様もどこへでも持ってゆくのに便利だからだ。
 出張の多い仙一にとっても、レトルトタイプの玄米粥ならカバンに入れて持ち運べるから、どこでも安心してマイセンの玄米が食べられると思った。
 お粥を作る際の水や塩にもこだわった。仙一のこだわりは、塩はミネラル豊富な自然塩。水は地下水か、水道水であるなら脱塩素(水道水の殺菌剤である塩素を取り除いてもらうこと)の浄水処理をした水であることが条件だった。
 しかし、そのような条件を受け入れてくれる工場は皆無だった。保健所の指導で、塩素が入った水を使うのは当然だし、地下水ならば逆に殺菌のためにたっぷりと塩素を入れるのが普通だった。
 ちなみに日本の塩素濃度基準は戦後間もない頃の基準で、戦場における汚い水を殺菌するための濃度を最低基準とし、上限はないという不思議な国である(塩素は一番安価な毒ガスであり、第二次世界対戦ではナチスのユダヤ人虐殺に使われた)。
 また、塩は今でこそ自由化されいろいろな塩が出回っているが、当時は日本専売公社がほぼ独占販売していた。塩の主成分であるNaCl(塩化ナトリウム)純度九十九・九九%という薬品を塩という名で販売していたが、なにせ値段も安いので、一般家庭はもちろん食品工場もその塩を当たり前のように使っていた。
 誰も疑問を抱くこともなかったが、それが後々日本人の生活習慣病の原因物質の一つとなったのは周知の通り。
 今のようにインターネットという便利なツールがあるわけでもないので、人づてに聞いた工場に行ったり、書籍類で調べたりしたがなかなか思い通りにならなかった。
 レトルト製造機器の大手メーカーを訪ねて、納入先で対応可能なところを紹介してもらい、直談判で訪問したりもした。
 こうした努力が実ってか、ある食品加工場の営業マンと知り合い、その会社の方針が気に入り、社長に連絡をとってもらい翌日訪問する約束を取り付けた。
 場所は、仙台。福井から小松空港経由で飛行機も飛んでいる。一日一便しかないから、ちょうど連絡したその足で空港に向かえば、翌日の約束に間に合う。車を飛ばして、なんとか飛行機に乗り込み、翌日訪問の約束を果たせた。
 驚いたのは、先方の社長だった。まさか、翌日に福井からわざわざ本当に来るとは思ってもいなかったからだ。翌朝一番に会社に向かった仙一を、温かい握手で食品会社の社長は迎えてくれた。運命の出会いだった。

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