仙夜一夜物語

第1回「マイセン誕生前夜/1」

 1991年、バブル真っ盛り。
サラリーマン牧野仙一、34歳。
 会社と自宅、出張先を往復する多忙な日々を過ごしていた。家でくつろぐ暇もないほど、仕事、仕事にあけくれ、一生懸命働いた。もともと、仕事大好き人間なのである。

 ところが、ふとしたことをきっかけに、そんな生活に疑問をいだき、その思いは日ごとに大きくなっていった。もっと人間らしく生きたい、生きていこう、と。
 見つめ直す、歩むべき道。その一つに独立という道が加わった。

 なぜ、独立か。
 男として生まれたからには、自分の手で何かを成し遂げたい、というのもある。
 仙一は、人まかせが嫌な性分である。誰かに頼んでも、「ちょっと貸してみ...」と、ついつい手を出してしまう。そして、皆が思いもよらぬ方法を考え出すと、実践せずにはいられない。元来、もの作りが大好きなのだ。
 それは、仕事ぶりにもよく表れていた。体面を気にせず、おかしいと思えば即行動。裏表の無さは怒りを買うこともあったが、信頼を集めるきっかけにもなった。
 どんな状況におかれても、今を楽しむ才能がある。職場も、決して辛いだけのところではない。しかし一方で、身体を壊し去ってゆく仲間、我が子の笑顔、いつも「おかえりなさい」と待っていてくれる妻を思う。働けば働くほど、虚しさがつのってゆく。
「独立」の二文字がどんどん、膨らんでゆく。
 
 そして、決心した。
「俺は、35を迎えるまでに、事を始める」

 家族の傍で、物事に一から携わることができる仕事。
 探すまでもない。牧野家は、先祖代々農業を営んでいる。
「よし、俺は、農業をやる!」
突然の宣言に、父をはじめ、家族や親戚、友人に至るまで、口を揃えて反対した。日本の農業のあり方は、大きく変化している。米の需要は右下がり、減反を強いられ、とても農業一本ではやっていけない。誰もが「農業は尻すぼみ」だと思う時代、仙一を心配してのことだった。しかも、米を直売する気だというのだ。当時、米の小売は県知事の許認可が必要だった。脱サラ後の素人が参入するなど、思いもよらない。
 ところがそんな折、「鯖江市で1件だけ認可する」という、絶好の機会に恵まれた。しかも、選定方法は抽選。当たった者は、要件さえ満たせば米の販売を認められる。降って湧いた好機に、仙一は舞い上がった。
 ...が、抽選会場で唖然とする。ざっと数十人、倍率にして50倍ほど。本抽選前に、順番を決める予備抽選まで行われた。
 圧倒されながら、32番の札を手に列に並ぶ。次々と抽選機が回され、その度にハズレ玉が転がり出た。ガラガラという音を聞きながら、
「こりゃ、あかんかもしれんなぁ」
と思った。

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