仙夜一夜物語

第64回「玄米食への道(6)」

 当時は、「玄米を食べる」というだけで、変人扱いをされかねない時代だった。戦前や戦後すぐの頃の未熟な炊飯技術の影響で、高齢者たちの多くが「玄米」とは「マズイ貧しい食べ物」という固定観念を色濃く刷り込まれていた。
 仙一が玄米の良さを奨めても「せめてご飯ぐらいは銀シャリを食べたいものです」という返事が常だった。玄米を食べたことがない人の中でも、「玄米はマズイから結構」と、かたくなに拒む人が大勢いた。
 それでも、病気の人や若い女性、アメリカ帰りの人、健康管理に敏感な人達の中には玄米食を望む人が徐々に増えてきていた。
 なぜ、玄米は美味しくないと皆が言うのかを色々考えた結果、たどり着いた答えは「マズイと言われた玄米は、そもそも白米にすることを前提にした玄米」だからだということだった。それならば玄米食に適した玄米を提供すればいいのだと思った。
 つまり「玄米食用の玄米」という概念が誕生したわけである。
 元々、極力農薬を使用せずに、肥料も植物性の有機質肥料に限定していたから安全性には自信があった。それを確かめるためのエビデンス(証拠)を得るために公的機関で残留農薬検査を実施した。当時は、そのような検査をする農家はもちろん、農協や米問屋など皆無であった。 初めて玄米を公的検査機関に持ち込んだ時、費用があまりにも高額なことに驚いた。受付の女性にも検査項目を二百項目から十項目以下にするように勧められた。「でないと破産しますよ」とまで言われるほど、その金額は高かったのだ(現在は当時より随分と安価になっています)。検査項目を絞ったものの、その結果は二十年近く前から現在に至るまで、一度も残留農薬は検出されたことはなかった。
 幼い子供たちや家族が食べているから安全性には敏感であった仙一だが、こうして、まず玄米食への心理的不安を取り除くことができた。
 次に、物理的な不安、つまり「マズイ」という感覚的な面を解消するためにどうしたらよいかを考えなければならなかった。

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