仙夜一夜物語

第52回「マイセンのビジネスモデル(3)」

 米の販売者登録も無事済み、仙一は米を販売することができるようになった。だが、これは農業を営む牧野仙一が米を販売できる、ということを意味するわけではない。販売者が扱うことができる米は、自分が作ったものであってはならなかったのである。つまり、この「販売者登録」とは、他から米を仕入れて売ることができるようになった、というだけであった。
 販売者登録の際には、仕入れ先などの米の流通経路も明らかにする必要があり、仙一はわざわざ、当時付き合いのあった米取り扱い業者経由で米を仕入れることとして申請をしなければならなかった。農家としての仙一は、未だ米を販売することはできなかったのである。
 ただし、これには例外もあった。1987年に定められた「特別栽培米」の申請をして、販売したい人たちの名簿を事前に食糧事務所に提出することにより、一定量の米を農家が直接販売することもできた。
 マイセンを立ち上げた初めの年は、仙一はこの特別栽培米の制度を利用した。販売者登録もした上で、農家としては特別栽培米の申請もした。作ったものを自分で売ってはいけないという制度に納得がいったわけではなかったが、とりあえずは国の制度にのっとって、真面目に販売をしようとしたのである。
 これでも、立派な「農家直販」である。
 1年目は、なかなかうまくいった。仙一が打ち出した広告は予想以上の効果をあげ、立ち上げたばかりの「マイセン」の米は、お客様に好評だった。来年もぜひマイセンの米を欲しいという嬉しいお声をたくさんいただいた。
 自分で作って自分で売るというモデルで、十分にビジネスとしてやってゆけそうな見通しが立ったので、2年目からはいよいよ本格的にやることにした。
 大規模生産のために新社屋建設の計画を立て、国からの融資の承認も受け、起工式も終わった。いよいよ着工だ! というその時になって、思わぬ横やりが入ったのである。

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