仙夜一夜物語

第33回「光合成細菌の実用化(2)」

 「田干し」という作業がある。
 6月頃になると、田んぼでは去年のワラが腐り始めてガスが出る。「ガスわき」というのだが、このガスの正体は硫化水素で、このままにしておくと稲の根をいためてしまう。そこで、田んぼから水を抜いて「田干し」をする。
 福井県は田干しについての先進県で、田んぼの土がひび割れるくらいきつい田干しをするのが通例となっていた。田干しをすることで、田んぼが固くなりコンバインなどの作業効率もよくなるというメリットもあった。
 ところが、仙一はこの田干しに疑問を持っていた。
 米のことを「水稲」というくらいで、水の中で生活することに適応している稲が、田干しによって、いきなり乾燥した中に放り出される。そこで根はなんとか乾燥した環境に対応しようと水根から畑根に変わってしまうのだ。畑根は乾燥には強いが、逆に水に弱い。空気に触れていないと死んでしまう。
 これを防ぐためには、水を入れたり抜いたりを繰りかえさなければならないが、水の便がよくないところではほぼ不可能だったし、そもそも、何十枚もの田んぼで水を入れたり抜いたりすることはとても難しかった。
 その結果、根が弱ってしまって熟しない稲が増えたし、また、田干しをしたからといって、ガスわきを完全に防げるわけではなかった。水がないために表面上わからないだけで、やはりガスはわいているのだ。
 「人間の都合だけで、水を入れたり抜いたり...そんなことをしてもいいんやろうか?根が傷まんはずはないやろうに。」
 田干しの代わりに光合成細菌を使ってみた。なんと、ガスわきが止まったのだ。ガスわきだけではない、光合成細菌には植物がミネラルやビタミンをとりやすくする作用があり、光合成細菌を撒いた田んぼの稲たちは、まるで喜んでいるかのように生き生きとしていた。
 収穫の時期になってみると、穂の数は明らかに多かったし、未熟なお米が少なかった。
 そこから毎年、光合成細菌を利用することにした。少しでもコストを抑えるために、自分たちで培養ができないかと、研究も同時に始めた。これがなかなか上手くいかなかった。福井の冬はどうしても日照不足になりがちで、気温も低い。光合成細菌には適さない環境だった。失敗して元菌が全部ダメになり、大きな損失を出したこともある。
 形になるまでに数年かかったが、ようやく冬でも培養できる方法を見つけた。
 結局、菌も人間と同じ生き物なのだ。栄養のやり方、吸収の仕方、それから心をこめて世話をしてやること。話しかけながらほめてやると、良く育つ。カンカン照りの夏の日も、猛吹雪の日も、根気良く毎日毎日世話を続けた。研究員の努力のたまものだった。
 光合成細菌を利用し始めてから、マイセンのお米の品質は向上し、天候不順の時でも安定した収穫量を確保することができるようになった。

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