仙夜一夜物語

第9回「コメを売り歩く」

 販売あっての生産という考え方の持ち主だった仙一は、田んぼの仕事が落ち着いた6月から8月にかけて、秋に収穫するコメを売りに歩いた。
 商社時代の馴染み客もおり、企業への営業については自信があった。業務用に、マイセンのコメを仕入れてもらえると考えたのである。しかし、実のところ企業の反応は難しかった。必需品であるコメは仙一の予想とは違って、味や値段では買って貰えなかったのである。
 どうして買ってくれないのか。
 ホテル業や飲食業には、業者会という地元業者で構成する親睦会があり、食材など仕入れの決定権はこの業者会が握っていた。業者会の会長はコメ屋が多く、また外食産業の社長とは深い人間関係を築いており、とてもマイセンなどのよそ者が入り込める余地はなかったのである。
 コメの生産者が企業に話を聞いて歩。くのは初めてだと言われたが、セールスは苦ではなかった。だめなところはあきらめ、マイセンのことを分かってくれる企業の社長とトップダウンで商談を進めた。「いいよ」と言ってくれる企業が見つかり、マイセンの生産量と見合う数社と取引きを開始した。
 生産量と言えば、こんな話がある。仙一は今後のことも考えて、どうせなら駄目で元々...の精神で、日本一の外食チェーンの仕入会社と取引の話を進めてみた。すると、意外といいよと言ってくれた。
 だが仙一は、大手チェーンの物流体系を知らなかったため、何十万俵という取引になるとは予想していなかったのである。想定外の受注量で取引に応じられず、仙一は後日丁重に陳謝したのだった。
 相手は大企業、「どうぞ、やれるものなら、やってごらん」という感じだったのかも...と仙一は自分の甘さを思った。でも最後には、「君のような農家が増えるといいネ。そうすれば日本の農業はもっと良くなるだろう」と言ってもらえた。
 自分がこれからやろうとすることを、日本一と言われる大企業がいわば認めてくれたのだ。仙一は本当に嬉しかった

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