仙夜一夜物語

第6回「父の背中」

 仙一は子供の頃、農家の長男であることが正直イヤだった。五月のゴールデンウィークには田植えに借り出され、地元で盛大に行われる「つつじまつり」にも行ったことがない。忙しいわりに生活が豊かになる訳でもなく、尊い仕事だという感謝の気持ちはあったが、農業に魅力は感じていなかった。
 しかし、少しずつ農業に興味を持ち始めた。それはやはり、父の仕事ぶりを間近で見ていたからに違いない。
 仙一が生まれた頃、田んぼはまだ牛や鍬で耕していたが、耕運機が発売されるや父は真っ先に購入し、自分の土地はもちろん、よその田んぼも耕して作業を請け負うというビジネスにしたそうだ。その調子で、稲刈り機、田植え機と最先端の高額な農機具を次々取り入れた。農機具メーカーの技術者が家に泊まりこみ、夜遅くまで改良点を相談していたのを仙一は微かに覚えている。父は農業技術の向上、環境整備、農地の改良事業に全力を注いだ。田んぼの害虫を観察して詳しく調べ、農業試験場に報告したりもしていた。
 そんな父でさえ、仙一が農業をすると言い出した時には反対した。一人当たりの米の年間消費量は戦後一五〇㎏から六〇㎏にまで落ち込み、農業の衰退は誰の目にも明らかだったからだ。
 農業を始めて最初の一年は、ノウハウを教わるのに一生懸命であっという間に過ぎていった。 そんなある日、自分の田んぼにはタニシやカエル、ドジョウ、ホタルまでいるのに、畦ひとつ隔てたよその田んぼには全く生き物がいないことに仙一はふと気付き、愕然とした。田んぼの真ん中で、まるで何かを睨むような目で仙一はしばらく立ちすくんでいた。

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