社長ブログ(いなか百景)

心の琴線に触れるお話の最近のブログ記事

先日、東京に行った折に素晴らしい短歌集を見つけました。それは、東京駅から新丸ビルに抜ける地下通路に展示してありました。
先の大震災で被害にあった「女川小学校」の生徒たちが未来に向けて詠んだ短歌です。

写真 (1)

来年、これらの短歌は宇宙に持って行くとのこと。皆が、思い思いに未来への希望や今の気持ちを短歌にして詠んだもので、逆境に力強く立ち向かって行く子供たちの姿が目に浮かぶような、どれもが素晴らしい作品ばかりでした。
中でも、私の目をひいたのは
写真

「きっといる ペットのカメは 海の中」
という作品でした。この詩に私は釘付けになってしまいました。
とても、言い表せない程切なくて、それでいて何とも言えず優しい気持ちと、希望が込められている、すごい詩だと思いました。
一体、どんなお子さんなのか会ってみたくなりました。また、その子のご両親はどのような教育をされてきたのかまで知りたくなりました。
感動した一編でした。

万代栄嗣牧師のご講演を久方ぶりに拝聴させていただきました。相変わらず、お話がうまくて90分間でしたが聞き入っていました。
万代牧師さんは松山福音センターの牧師として、全国各地、そして海外へと飛び回る多忙な毎日です。そのなかでも宗教を超えた各種講演を積極的に行っていいらっしゃいます。
国内では松山を中心に、福岡、鹿児島、東京、広島、高松にて主任牧師として活動中。キリスト教界のなかでも、新進気鋭の牧師・伝道者として、注目の的です。
各種講演会では、牧師としての人間観、ノイローゼのカウンセリングの経験、留学体験などを土台に、真に満足できる生き方の秘訣について、大胆に語りつづけています。講演内容も、自己啓発、生きがい論、目標設定、人間関係など、多岐にわたっていて、聞く人を飽きさせません。
また、自らがリーダー、そしてボーカルを務める『がんばるばんど』の活躍を通し、人生に対する前向きで積極的な姿勢を歌によって伝え続け、幅広い年齢層に支持されていらっしゃいます。
国外では、インド、東南アジア、ブラジル等を中心に伝道活動や、神学校の教師として活躍しています。
先の東日本大震災においても、いち早く海外のご友人たちから沢山の支援物資をお届けになっています。そのパワフルさには脱帽です。

万代先生

今回のご講演で特に心に残った言葉は・・・・

幸せの秘訣(1) いつも喜んでいなさい。
悲しんだり、怒ったりする感情にもてあそばされている人が沢山います。幸せに結びつく豊かな感情表現は「喜び」を心の基調とする時に実現します。喜びを選び取って下さい。

幸せの秘訣(2)絶えず祈りなさい
夢や希望をもって生きるには、不安や迷い、心配に心を毒されないことが大切。その為にはまだ目に見えないことのために、大きな力に委ねて祈ることです。祈りが夢への第一歩です。

幸せの秘訣(3)すべてのことに感謝しなさい
後悔や恨みを過ぎ去った事項に積み重ねてゆくタイプの人が増えています。せっかくの命が悔いだらけでは幸せになれません。一つ一つのことを感謝で締めくくるのです。

辛いことや苦しいことがあると、必ずひも解く本がいくつかあります。中でも、平澤興先生語録「生きよう今日も喜んで」は、私の座右の書の一つです。

平澤興先生は、神経解剖学の世界的権威であり、京都大学総長にまでなられた哲人です。「玄米を子供に食べさせる母親は国宝である」と断言した人でもあります。

その平澤興語録より

●あなたは、あなた自身が知らないところの、
 数倍かくれた素晴らしいもの
 を心の中にもっておる。
 とにかく、自信をもって堂々とおやりなさい。

●情熱は喜びであり、希望があれば人は疲れない。

●人生に望ましいのは失敗や困難がないということではなく、
 決してそれに
 負けない、ということである。
 凸凹ある人生がかえって味があるとは、また面白いものである。

●目標がなければ、忍耐がない。
 目標がないと何事も成し得ない。
 目標のないものは、病気をもなおせぬ。
 苦労をしても目標を持っている間は、人間が光っている

●感謝するということは、
 人間が楽しく生きて、
 周囲を明るくし、
 喜びを与える最高の姿である。

●希望を持って生きることのできるのは、人間だけである。
 希望の内容が人間の格を創る。

●教育することは非常に難しいが、
 教える側から見ると、いかに上手に誉めるかである。

●普通の親は子供の隠れたよい点を知らずに、叱りすぎておる。
 そして、子供の心を傷つける。
 自分の小さいときのことは考えずに・・・

●人の欠点が目につく間はまだ駄目です。
 それらの欠点が、飾り物に見えてくれば、本物でしょう。

●成功は成功。失敗は失敗であるが、
 失敗のマイナスをもたぬ人には成長はない。
 失敗はむしろ自分を知るために必要な材料である。

感動した詩(ぽえむ)です。
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いつも、いつも後々になって
 ただ天に感謝、感激、脱帽するしかない
 思いをさせられますが・・・
 絶妙なタイミングと力かげんによって
 奇跡的な出会いを
 人生のところどころで数多く与えられます。
 それを、あえて「縁」と呼ぶならば・・・・
 縁の集合体こそが、
 天の創りたもうた宇宙です。


「この地球を選んで
 この場所を選んで
 この環境を選んで
 あなたは
 その人生を生きています」

 あなたがこの人生を生きているのは
 この人生を生きたいと願った結果です。
 生まれる星も
 生まれる国も
 生まれてくる親も
 そして、環境も・・・
 あなたが自分で「選択」した結果なのです。
 その中で
 あなたは何を学び、どう生かそうとしたのでしょう?
 どんなにつらい選択をしたとしても
 それはその苦しみの中から
 何か必要なことを見つけ出したいと願ったからです。
 人それぞれ「必要」としている経験は違います。 
 誰かと自分を比べることなど出来ません。
 あなたの人生に起こっている全て、
 あなたにとって必要なことばかりなのです。

高知県 主婦 Tさんのお話

 私の娘は現在、小学校四年生です。冗談を言って笑わせてくれたり、怒られて泣いたりする彼女ですが、走り回ったりすることは出来ません。なぜなら彼女は、手足が普通の子のように動かせない・・・重度の障害児なのです。
 
 彼女がまだ保育園にいた頃のことです。クリスマス会で、生まれて初めて振袖を着せてもらい、女の子三人で踊りを披露しました。と言っても、娘は車イスに座り、桜の枝を持った右腕をわずかに振るだけでしたが。左右の友達が交互に曲に合わせて車イスを動かし、全体をうまくまとめていてくれれたのが印象的でした。
 
 しばらくして、村のデイ・サービスで保育園でやった演目を見ていただくことになりました。その日の夕方、娘を迎えに行くと先生が嬉しい話をしてくださいました。娘の不自由ながら一生懸命踊る姿に感動されたおばあさんが、帰り際に娘の手を取り、「がんばりよ、がんばりよ」と涙ぐまれたそうなのです。

 それを聞いた私の胸にも熱いものがこみ上げてきました。そして、自分自身、三十何年生きてきて、他人にそれほどの感動を与えたことが果たしてあっただろうかと思いました。

 小学校に入る年齢になった頃には、彼女にどんな学校が向いているのか悩みました。考えた末、ある養護学校の体育祭に足を運んでみることにしました。初めて見る養護学校の運動会。そこでは小学部から高等部までの児童生徒が、それぞれの障害に応じて頑張る姿がありました。

 娘のように動けない子を、ボートに乗せて先生が引っ張り、顔を上げさせる。何分もかけて寝返りをうったり、あるいは、はって懸命にゴールを目指す子供達。車イスで風のように走り抜ける子とデッドヒートを演じる松葉杖の高校生・・・。流れる汗。目標を達成した輝く笑顔。そこには私が経験してきた一番、二番を競う運動会とはまったく別の世界がありました。あまりにもひたむきな、ほとばしるような情熱を目の当たりにして私は完全に圧倒されてしまいました。(ぜひとも、この学校へ娘を入れたい!)

 やがて、娘は無事に念願の小学校一年生になりました。入学して驚いたのは、先生方の子供達への接し方です。子供達の目線はもちろん、まばたき一つにまで、「あ、今返事したよ。」などと意思をくみ取ろうとしてくださる細やかな愛情には本当に頭が下がりました。こんなに素晴らしい学校があるなんて、娘がいなければ決して知ることはなかったでしょう。

 「人間にとって、何が一番大切なことか」ということを、娘が生まれてから何度となく考えるようになりました。しかし、それがあまりにも根源的な問題で、私はつい忙しい日常の中で見失いがちになってもいます。

 娘が小学三年生のある日、何気なくこういいました。
「ママ」
「何?」
「・・・・・生まれてきて、良かった。」

 あまりにも思いがけない言葉に、私は絶句してしまいました。決して平坦ではなかったはずの彼女の人生を、そんな一言で言い切ってくれたこと。そして、それへの感謝で胸が一杯になりました。

「ありがとう。ママのところへ生まれてきてくれて。
本当にありがとう。」

私は涙をこらえて、そう返すのが精一杯でした。

(なんて素晴らしい宝物を私は神様からゆだねられたのだろう)
そして同時に、こう願わずに入られませんでした。どうかこの子が大人になってからも、今と同じ言葉が言えますようにと・・・・・。

辛いことや苦しいことがあると、必ずひも解く本がいくつかあります。中でも、平澤興先生語録「生きよう今日も喜んで」は、私の座右の書の一つです。

平澤興先生は、神経解剖学の世界的権威であり、京都大学総長にまでなられた哲人です。「玄米を子供に食べさせる母親は国宝である」と断言した人でもあります。

その平澤興語録より

●あなたは、あなた自身が知らないところの、数倍かくれた素晴らしいものを心の中にもっておる。
 とにかく、自信をもって堂々とおやりなさい。

●情熱は喜びであり、希望があれば人は疲れない。

●人生に望ましいのは失敗や困難がないということではなく、決してそれに負けない、ということである。凸凹ある人生がかえって味があるとは、また面白いものである。

●目標がなければ、忍耐がない。
 目標がないと何事も成し得ない。
 目標のないものは、病気をもなおせぬ。
 苦労をしても目標を持っている間は、人間が光っている

●感謝するということは、人間が楽しく生きて、周囲を明るくし、喜びを与える最高の姿である。

●希望を持って生きることのできるのは、人間だけである。希望の内容が人間の格を創る。

●教育することは非常に難しいが、教える側から見ると、いかに上手に誉めるかである。

●普通の親は子供の隠れたよい点を知らずに、叱りすぎておる。そして、子供の心を傷つける。自分の小さいときのことは考えずに・・・

●人の欠点が目につく間はまだ駄目です。それらの欠点が、飾り物に見えてくれば、本物でしょう。

●成功は成功。失敗は失敗であるが、失敗のマイナスをもたぬ人には成長はない。失敗はむしろ自分を知るために必要な材料である。

 両手両足の切断という重い障害を抱えながらも、人生を力強く生き抜き、ヘレンケラーにも称賛された中村久子女史の次女・富子さんのお話をお届けします。

 母の72年の生涯というのは、辛いことのほうが多かったと思うんですよね。でも母はそれを語らずに、自分を取り巻いてくださったいい方がいろいろなことを教えてくださったと、人のご縁の大切さ、一期一会をすごく大事にしましたね。

 だから母のいただいたご縁というものを一つひとつ振り返ってみると、本当にその一つひとつの出会いから、母はすごいものを与えていただいてきたんですよね。

 だからそれだけ母は幸せだったと思います。その中にはクリスチャンの人もいる、いろいろな宗教の方もいるけど、そういうものを全部含めて、一つのものになっているような気がするんですね。

 母が子どもの時、一所懸命口で縫ったお人形の着物をお友達にあげたら、その子のお母さんに
「こんな唾で濡れた着物なんか汚くて」
って川へ捨てられて、ものすごくショックを受けたという話があるんです。

 母は私に言ったんですが、あの時は、悔しいよりも、捨てられたことよりも、そんなものしか縫えない自分が情けなかった。

 それからまた一所懸命に練習をして、濡れないように縫えるようになるまで13年半かかったって言うんですよ。

 私はその話を初めて叔母から聞いた時、
母に「13年半もかかったの?」って言ったら、
母が「そうよ、富子。 濡れなくなるまでに、13年半かかっちゃった。フフッ」
って笑ったんですよ。

 その時に母は私に言ったんです。人間ていうものは、悲しいもんですって。その人の一言がなければ、母さんはいまだに濡れたまんまのお裁縫をしていたかもしれない。

 「濡れて汚い」と言われたので、なんとかして濡れないように縫いたいと思って、縫えるようになったんだから、感謝しなければいけないのに、なかなかその感謝ができない。

 言われたことを、自分は決して忘れられない。人間って悲しいものねって。その人とはその後も何度も会って、向こうは自分の言ったことは完全に忘れていて、
「富子ちゃんが大きくなりましたね。よかったですね、久さんは」
なんて言ってくれる。でも自分の胸の内では、グーッと込み上げる悲しさがあるんですって。

そして私に言いましたよ。
「富子は言葉が悪いから、人に言葉を掛ける時は 気をつけなさいね」って。あなたが何気なく言ったことが、相手を傷つけて一生心に残ることもあるからって。

         『致知』2003年1月号
         
         「四肢切断 中村久子の生涯が教えるもの」より