食育という言葉を世に知らしめた明治・大正期のベストセラー小説『食道楽』の作者は、村井弦斎(1863年~1927年)です。
弦斎は愛知県生まれで、東京外国語学校でロシア語を学び、後の1884年に渡米した。『日の出島』などの小説でその人気は絶頂を極めましたが、1906年に『婦人世界』の編集長となり、初めて料理法・医療法などの実用記事を多く取り入れ、現在の女性雑誌の原型をつくったとも言われています。
1917年、最後の小説『小松嶋』を書き終えた後は、くるみや果物などを食べる生食・木食の実験を自ら行い、穴の中に住んで仙人のような暮らしだったといいます。
従来、『食道楽』は高級フランス料理や世界三大珍味なども書かれているため美食小説として知られてきました。でも、弦斎が『食道楽』を著した本当の目的は、食物の大切さを当時の人々に啓蒙することだったものと考えられます。
その中には、明治時代の家庭に役立つ、驚くほど多くの実用知識が盛り込まれています。たとえば、その当時は冷蔵庫のような便利な物や冷凍食品も無い代わりに、食品を保存するためにいろいろな知恵があり、工夫が行われていたのです。
弦斎は『食道楽』の中で、食は身体の健康だけでなく、すべての土台となると説いています。『体育の根源も食物にあるし、智育の根源も食物にある。してみると体育よりも智育よりも食育が大切』と。
私自身、子供の頃から大変病弱で、毎月の医者通いは当たり前。当時はまだ珍しかったビタミン剤と整腸剤を毎日飲んでいました。健康診断がある度に再検査、精密検査は当たり前でした。年に2回高熱を出して、入院するのも年間行事のようで、それが大人になっても続いていました。そんな私が、玄米食を始め、野菜中心で、酵素をたっぷり摂り、玄米発酵食品の「玄氣の力」を飲むようになってからは元気そのもの。これまでのことが嘘のようで、50歳を過ぎて血液検査をしても20歳代と太鼓判を押されています。
まさに、食が基本ですね。
















































