社長ブログ(いなか百景)

今日は二十四節気のひとつ大寒ですね。文字通り、1年の中で1番寒い時期で、各地の最低気温も大寒の期間に出現することが多いようです。関東地方は慣れない雪で、大変だったようですね。

 さて、こんな寒い時期に越前海岸一帯に咲く水仙(越前水仙)は、日本海から吹き付ける北風にじっと耐え、寒風に向かって可憐に、そしてたくましく花を咲かせますが、それが粘り強く頑張るという県民性をあらわしているとして福井県の花に指定されたようです。

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 越前水仙は、例年12~3月頃、旧越廼村(現在福井市)から越前町にかけての越前海岸でみることができますが、この地域は房総半島、淡路島と並んで日本水仙の三代群生地として知られ、日本一の群生地ともいわれています。旧越廼村(現在福井市)は福井市街地から西へ車で45分ぐらい。越前町はその隣にあります。

 旧越廼村(現在福井市)の居倉地区には、平安時代末期の源平合戦を舞台にした悲しい伝説があります。居倉の住民が長男とともに源平合戦に出かけていた頃、留守を守っていた次男は、海岸で助け上げた美しい娘と親しくなっていましたが、まもなく帰ってきた長男がその娘を好きになってしまい、兄弟が争うようになったことから、それを見て苦しんだ娘が荒れ狂う海に身を投じたという。その翌年、どこからともなく美しい花が流れついたのですが、村人はその花を清楚で可憐な娘の化身と信じ、丘に植えていつくしんだと伝えられています。

 越前水仙の起源については、平安時代に対馬暖流に乗って中国から流れついた、室町時代に遣唐使が持ち帰ったという説もあるようですが、京都祖国寺の公用日記「蔭涼軒日録」には、室町時代に、国府(越前市)の妙法寺から祖国寺経由で将軍家に毎年水仙が献上されたという記述があることから、既にその頃には福井県で水仙が栽培されていたと考えられているようです。

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水仙

冬になると当地福井は、連日の雪模様となります。たとえ雪が降らなくても、ほとんどが曇天で厚い雲に覆われています。
そんな雲の切れ目から。太陽の日差しが現れた時はそれまでの水墨画の世界が一変して明るく美しい夢の国へと変身します。「雪もまたいいもんだなぁ」と思う一瞬です。

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年が明けてすぐに地元の氏神様に初詣に行ってきました。
今年は、例年になく趣向を凝らして参道をずっとろうそくの火でライトアップしてありました。暗い参道が、ほのかに照らされて薄明かりの中の向正面にある神殿が厳かに見えました。

日吉神社初詣

 昔から、お正月は私たち日本人にとって、非常に重要な行事のひとつ。もともと初詣では、その年の開運の方角(恵方)に当たる神社やお寺にお参りをし、豊作を願い、感謝を表す行事でした。現在は、農業に限ったことではなく、神様に昨年のお礼を述べ、今年1年の幸せをお願いするという厳かな気持ちでご挨拶する機会です。

 そもそも、神社とお寺は、神道や仏教の宗教施設です。その施設によって発祥や崇拝の対象、建築様式が違います。神道では、古来より山や木など"自然"に神が宿ると考えられており、それをご神体とする神社が造られています。一方、お寺は、仏教が伝来し、如来様や菩薩様などを祭ってきました。今では、基本的に初詣ではどちらに行っても構わないようです。

 お寺に行く場合は自分の生まれた干支で決まる守護本尊のあるお寺なら、なお縁起がいいようです。

私が子供の頃は、秋の収穫が終わり冬を迎える頃になると稲ワラを使っていろいろな物を作っていました。その代表的な物が「荒縄(あらなわ)」です。今日のようにロープや紐は貴重品でしたので、稲ワラでロープや紐を作っていました。それが「荒縄」です。太さはいろいろありました。子供でしたので、細いワラ縄を編まされました。

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ワラで作った敷物のムシロ(今で言うところのカーペット)や蓑(雨をしのぐカッパ)なども編んでいたと記憶しています。

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こうしたワラの工芸品は主に年寄りの仕事でした。私は、祖父母たちが懸命にワラ製品を作る姿をそばで見ていました。中でも、私の記憶に残っているのは「猫の家」です。ワラで作った猫のためのマイホームと言ったところです。もともと。御飯のおひつを保温するためのものを、猫用に改造したように思われます。
先日、たまたま「猫の家」を見かけ、とても懐かしく子供の頃を思い出しました。

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いつも家には写真の様なヨモギ猫がいましたので、まるで子供の頃にタイムスリップしたようでした。

今日はクリスマスイブですね。いろいろな会場やまたは各ご家庭でイルミネーションが飾られ、寒い冬の夜を華やかにしてくれています。私が見かけた数少ないイルミネーションをご紹介します。

サンタ

まずは、サンタさん人形と一緒に写真を撮りました。とても大きいのでびっくりしました。

丸の内

街路樹をLEDライトでデコーションしてあります。その距離2キロくらいでしょうか?

以下の写真は、福井でも有名な通称「おとぎの国」と言われる、一般の住宅街に突然現れる光のイルミネーションです。住宅街一帯が光に包まれています。
同じ光が、上下に映っているのはデコレーションしてあるお家の前が、田んぼだからです。田んぼの水に反射して華やかさを二重に演出しているのです。いかにも福井らしいですね。

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12月に入ってもなかなか雪が降らず、「今年の冬は寒さが厳しく、積雪も多い」という長期予報がハズレなのかなと思っていた矢先に、初雪を迎えました。
雪が降るのと、時を同じくするように今年も田んぼに沢山の白鳥たちがやって来ました。その数100羽以上でしょう。

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「クワァ~、くわぁ~」と鳴きながら、しきりに田んぼに首を突っ込みながら水草を食べています。

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こうして沢山の白鳥たちがやって来てくれるのも、田んぼやその周りが良い環境になったおかげだと思います。正しく私たちが目指す「地球は未来の子供たちからの預かりもの。だから、きちんと未来にお返しする」という使命が、少しずつでも実現できているのだと嬉しく思います。

立冬も過ぎ、師走も上旬を過ぎていよいよ慌ただしくなってきましたね。とはいえ、いつもの年よりも冬の訪れが遅いように感じられます。例年ですと、今頃までには一度は田んぼが真っ白になるくらいに雪が降るのですが、今年はまだです。田んぼは未だに晩秋の風景を留めたままといったところです。
そんな、師走の風景の中で非常に変わったススキを見つけたました。普段目にするススキと違って、ススキの穂の部分が異常に大きく、ふさふさしているのです。それはそれで、とても綺麗でした。

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調べますと、どうもこれはススキではなくて「パンパスグラス」と言われる外来種とのこと。イネ科 コルタデリア属の多年草の植物で、和名はシロガネヨシです。 原産地はブラジル、アルゼンチン、チリなどの南米大陸の草原(パンパス)です。
別名、「お化けススキ」と呼ばれているくらいですから、ススキと間違うのも仕方のないことのようです。

先日、東京に行った折に素晴らしい短歌集を見つけました。それは、東京駅から新丸ビルに抜ける地下通路に展示してありました。
先の大震災で被害にあった「女川小学校」の生徒たちが未来に向けて詠んだ短歌です。

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来年、これらの短歌は宇宙に持って行くとのこと。皆が、思い思いに未来への希望や今の気持ちを短歌にして詠んだもので、逆境に力強く立ち向かって行く子供たちの姿が目に浮かぶような、どれもが素晴らしい作品ばかりでした。
中でも、私の目をひいたのは
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「きっといる ペットのカメは 海の中」
という作品でした。この詩に私は釘付けになってしまいました。
とても、言い表せない程切なくて、それでいて何とも言えず優しい気持ちと、希望が込められている、すごい詩だと思いました。
一体、どんなお子さんなのか会ってみたくなりました。また、その子のご両親はどのような教育をされてきたのかまで知りたくなりました。
感動した一編でした。

遅かった紅葉も、このところの冷え込みで一気に秋が深まり、里山が美しい紅葉の絨毯になっています。近所のお宅の紅葉も、見事に色づいています。

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生け垣の紅葉と、もみじの紅葉、松の緑のコントラストがとても鮮やかです。
そんな中、越前和紙の神様をお祀りしてある「岡本神社」の銀杏もとても綺麗です。
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全国唯一の紙祖神を祭る岡太神社・大瀧神社

樹齢の大きな杉が立ち並び、非常に厳格な雰囲気のこの神社には、この里に紙漉きの技を伝えたとされる「紙祖神」である川上御前が全国で唯一の紙祖神として祀られています。

また神体山である権現山の頂上にある奥の院と、その麓に建つ里宮からなっています。
奥の院には紙祖神岡太神社と大滝神社の両本殿が並ぴ建ち、里宮はこれを併せて祀っています。里宮は、江戸時代後期の社殿建築の粋を集めて再建されたもので、昭和59年国の重要文化財に指定されました。

高級手すき和紙の産地として和紙業者が軒を並べる五箇(ごか)地区では、全国で唯一の紙祖神を祀る紙祖神岡太神社と大滝神社を中心に、今も昔ながらのたたずまいを見せています。
春と秋には岡本神社の祭礼が行われ、春の祭礼は別名「紙の祭り」ともいわれ、御神体をのせた神輿が五箇の街中を練り歩きます。

マイセン近くに不思議な夫婦杉があります。言い伝えによれば、今から1300年程前に泰澄大師(たいちょうだいし)がこの地を開山するに当たり植えられた杉とのことです。
静寂に包まれた山寺の入り口付近にまるで、山門の様に育っています。凛とした空気に、こちらの背もピンと伸びそうな感じが漂っていて、とても心地よいです。

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ただただ、自然の姿に驚嘆します。その杉の根本からはこんこんと水が湧き出ていて、霊水として地元の方々に大切にされています。
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下から見上げるとその高さに圧倒されそうです。

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 福井県と石川県境にある霊峰白山は、泰澄大師(たいちょうだいし、682あるいは691-767)が開いたといわれています。開いたというのは、初めて白山で修験道の修行を行い、白山の神を祀り、それまで素朴な山岳信仰だった白山信仰に、仏教的な意義付けをしたという意味です。
 泰澄は越前の人で、伝承によると、奈良時代より少し前の文武天皇の時(702)、鎮護国家法師に任命されています。また、中央の仏教界、政界の有力者などとの密接な関係を持ち、白山信仰を中央にまで広めたといいます。