社長ブログ(いなか百景)

しんどいと
感じるときは、
成長しているとき。

(イチロー思考、児玉光雄)

楽しみながら、とーっても成長している、っていう時もなくもない。
けれど、そこまでいくには、きっと、ちょっとはしんどい思いをしているはず。
しんどい思いを乗り越えて、何かしらつかんだときに、成長が見られるんだと思います。
好きなことだから、好きなまま、楽しいままで、ずーっと成長できるわけじゃない。
嫌いなことだから、嫌いなまま、つまらないままで、自分に価値がないわけもでもない。

がんばらなければいけない時、なにかにチャレンジして苦しいと感じる時間は、あとから考えれば、短いこともあるけれど、その瞬間には、その長短はあまり関係ない。
向き合っている時間があるだけで、大げさに言えば、ずーっと続くんだろうか、みたいな気持ちになってしまうこともある。
そういう精神的なストレスと向き合わざるを得ない状況で、そのしんどさに、どれだけ耐えられるか、っていうのは、やはり成長につながる。
しんどい、と感じられるものが何もなくなると、人は、ダメになることもあるだろうな。しんどいことがあるうちは、まだ成長期。そう思えたらいい。

(参考)
イチロー思考(児玉光雄)

 一昨日は春の彼岸入り。「暑さ寒さも彼岸まで」と申しますが、ずいぶんと春めいてきたことを感じます。

 明日は彼岸の中日、春分の日(3月21日)を境に昼が少しずつ長くなり、陰陽の気も入れ替わるとされています。また、ほぼ真東から日が上り、ほぼ真西に日が沈む春分は、古代中国では「龍天に昇る」とされ、春の気もいよいよ盛んになってゆきます。

 ちなみに「彼岸」とは、迷い苦しむ現世の人間界(此岸)に対する言葉で、「彼(か)の岸に至る」を意味するサンスクリット語の「パーラミター(波羅蜜多)」からきています。煩悩の束縛から解き放たれて悟りを開いた涅槃の境地が彼岸です。

 空間的には東が現世(此岸)で、西にあるのが極楽浄土(阿弥陀如来が建立したとされる極楽)となっています。太陽がほぼ真西に沈むこの時期は西方にある浄土(彼岸)に最も近いと考え、仏事が行われるようになったそうです。

 ところで、彼岸に欠かせないのが「ぼたもち」です。今は一年を通して「おはぎ」として売っているお店も多いのですが、本来は季節の花にちなみ春の彼岸は「牡丹餅」、秋の彼岸が「お萩」。赤色系の花の色や、餡となる小豆には邪気を払う効力があるとされています。

 この二つ、違いは食べる時期や名前だけではなく、ぼたもちは牡丹の花をかたどり丸く大きく、おはぎは萩の花のように小ぶりで少し長め、本来はぼたもちはこし餡、おはぎはつぶ餡という違いもありました。

 ちなみに、夏のぼたもちは「夜船」、冬のぼたもちは「北窓」、そういう呼び名もあります。ぼたもちは餅米を使いますが、杵と臼でつくようなことはしません。「(餅なのに)ついたのかわからない」→「夜の船はいつ着いたのか分らない」から転じて「夜船」、そもそも「つかない」→「月がない」「月が見えない」から少し飛躍して「北窓」と言うそうです。

 そんなこんなで季節の風情を楽しみながら、大ぶりのぼたもちを頂こうかなと思います。

会話事例を用いながら解説していきます。

○部下 :
「課長、本当に3月末で辞めてしまうんですか?」

●マネジャー :
「そうだ。正確には3月4日だ。溜まった有給休暇を全部使わせてもらうから、もうすぐお別れだ」

○部下 :
「そうですか......」

●マネジャー :
「君には世話になった。ありがとう」

○部下 :
「私が世話だなんて」

●マネジャー :
「世話になったというか、迷惑をかけた。私みたいな上司で、迷惑だっただろう」

○部下 :
「そんなこと、考えたこともありません」


●マネジャー :
「考えたこともない? 冗談だろ。いつも私を"ダメ上司"だと言ってるくせに」

○部下 :
「え......」

●マネジャー :
「あああ、ごめんごめん。悪い悪い。言ってはいないな、確かに。ただ、君はそう思ってるだけだ。口には出さないが私をダメな上司だ。どうしようもない上司だと思ってるだけだ」

○部下 :
「課長」

●マネジャー :
「いいんだ」


○部下 :
「......」

●マネジャー :
「いいんだよ」

○部下 :
「......」

●マネジャー :
「本当に、情けない」

○部下 :
「課長」

●マネジャー :
「40歳を過ぎて、まだ20代の君に、こんな醜態をさらけ出すようでは、本当に、情けない」

○部下 :
「......」

●マネジャー :
「おそらく、君はそう思ってはいないだろう。でも、私の頭の中では、そう思い込んでしまう。空想が私を追い詰める」

○部下 :
「......」

●マネジャー :
「どうして私はこんなにネガティブなんだ。本当に嫌になる」

○部下 :
「......」

●マネジャー :
「10歳の子どもがいる。その子どもから昨日、言われた。『17年間、おつとめごくろうさま』ってな」

○部下 :
「いいお子さんですね」

●マネジャー :
「こんなに俺はネガティブなのに、俺の息子はネガティブじゃない。夢はラグビーの選手になることだそうだ。五郎丸選手に憧れたんだろ」

○部下 :
「......」

●マネジャー :
「誰もが五郎丸みたいになれたら苦労しねーよって、息子に言ったら、妻に怒られたよ。笑えるだろ? いつも私は息子に厭味ったらしいことを言ってる」

○部下 :
「そんな」

●マネジャー :
「私の兄はエリートだ。小さいころから、何をやらせてもよくできて、いつも両親から褒められていた。私は兄に何をやっても勝てなかった」

○部下 :
「お兄さんがいらっしゃったんですね」

●マネジャー :
「兄は大企業に勤め、今はドイツにいる。いずれ支社長クラスにまで昇進するだろう。ところが私は中小企業のしがない課長だ。その会社でさえ続かない。全社員に嫌われているし」

○部下 :
「......」

●マネジャー :
「私に声をかけてくれるヤツなんて、君ぐらいしかいない」

○部下 :
「そうでしょうか」

●マネジャー :
「そうだろう? 誰が私なんかに近づきたいと思う? 学生時代に言われたことがある。『あいつはネガティブ菌を持ってる。近づくと感染する』ってな」

○部下 :
「私は感染していませんよ」

●マネジャー :
「君は特殊な免疫力があるからだろ」

○部下 :
「そう、かもしれません」

●マネジャー :
「君ともう話すこともないだろうから聞く。君のこれまでの人生は、幸せだったか。豊かな人生だったか?」

○部下 :
「はい」

●マネジャー :
「即答できるなんて、羨ましい」

○部下 :
「私は今年で29歳になります。おそらく25年間ぐらいだと思いますが、私はお風呂の湯船に入ったことがありません」

●マネジャー :
「はあ? 何を言い始めたんだ」

○部下 :
「いつもシャワーだけです。社員旅行で温泉へ行ったときも、シャワーだけして部屋に戻りました」

●マネジャー :
「何を言ってるんだ?」

○部下 :
「私の体が、拒絶するからです」

●マネジャー :
「......?」

○部下 :
「私は、お風呂に浸かることができない体なんです」

●マネジャー :
「病気なのか?」

○部下 :
「いえ」

●マネジャー :
「......何か、幼少時代に......お風呂で、何かがあったのか?」

○部下 :
「......」

●マネジャー :
「......君、お父さんと、お母さんは?」

○部下 :
「言わなくてもいいことは、言いません」

●マネジャー :
「......」

○部下 :
「自分の記憶から消しています」

●マネジャー :
「......まさか」

○部下 :
「小学校2年生のときに、担任の先生に言われたんです。『人生の豊かさは、記憶の引き出し方次第だ』って」

●マネジャー :
「記憶の、引き出し方......」

○部下 :
「10の出来事のうち、良いことが7つで、悪いことが3つであっても、悪い記憶ばかりを引き出していたら、『悪いことばかりが起こる』と受け止めてしまう」

●マネジャー :
「......!」

○部下 :
「私は、小さなころ、どんなにひどく悪いことがあったとしても、自分の脳からそのような記憶を引っ張り出さないようにしました」

●マネジャー :
「......そんなことが、できるのか」

○部下 :
「そうしないと、たぶん、私は生き抜いていけなかったんだと思います」

●マネジャー :
「......」

○部下 :
「私は入社してから課長にさんざん怒られたと思います。でも、あまり覚えていないんです。褒められたことはいっぱい覚えています」

●マネジャー :
「この私が君を褒めた? ほとんど褒めたことなんてないはずだ」

○部下 :
「ありますよ。たくさんあります。課長の記憶の中に残っていないだけです」

●マネジャー :
「なっ!」

○部下 :
「だから私は課長に、とても感謝しています」

●マネジャー :
「......」

○部下 :
「おそらく課長のお子さんも、課長をすごく慕っているのだと思います。そういう記憶ばかりが、今のお子さんには残っているんじゃないでしょうか」

●マネジャー :
「君......」

○部下 :
「記憶の引き出し方で、どんな人生でも、豊かになれると信じています」


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......人の脳にとっては、良いことよりも悪いことの方がインパクトが強く、記憶に残りやすい。このように利得よりも損失を大きく受けとめる人間の性質を、行動経済学では「プロスペクト理論」と言います。ということは、記憶の引き出しの中に、良いことと悪いことがほぼ同数で存在したとすると、ほとんどの人が、
「悪いことのほうが多い」
「全然、いいことがない」
と思ってしまうということ。悪いことに対する過剰な反応が、記憶の引き出し方を歪めてしまっているのです。

 子育てコンサルタントのドロシー・ロー・ノルト博士(故人)の「子は親の鏡」(石井千春訳)という詩があります。

けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる
とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる
不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる
「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる
子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる
親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる
叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる
広い心で接すれば、キレる子にはならない

誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ
愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ
認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる
見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる
分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ
親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る
子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ
やさしく、思いやりをもって育てれば、子どもは、やさしい子に育つ
守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ
和気あいあいとした家庭で育てば、
 子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる

 幼年時代の楽しさは生涯の財産となり、幼年時代の悲しみは生涯の負債。子どもの幸せを願い、間違いがあれば正すのは親の務めです。しかしその前に、正さなければいけないのは親の方なのかもしれません。

 先日、家族そろってインフルエンザにかかり、一番重症だった私は、3日間寝込む羽目になりました。高熱から来る悪寒に震えながら私は15年前に亡くなった母の事を思っていました。
小さいころ、私が風邪で寝込むと母は決まって片栗湯を作ってくれました。それは、片栗粉に湯、砂糖、牛乳を加えて溶いた母特製のミルク風味の片栗湯。どんなに食欲がないときでも、とろりとしてほんのり甘い片栗湯だけは口にすることができました。

 あの頃の私にとって、片栗湯は何よりもご馳走だったのです。そういえば片栗湯食べたさに仮病を使ったこともありましたっけ・・・。
自分でも母の作り方を真似て作った事があります。でも何度こしらえてみても母がつくるそれとは同じ味にはなりませんでした。今思えば、母の片栗湯には我が子への愛情がいっぱい詰まっていたから・・・。

きっとその違いだったのでしょう。熱にうなされながら、私は心の中でつぶやきました。
「あぁ、母さんの片栗湯が食べたいな」

息子が病気をして食欲が落ちた時に今では私が片栗湯をつくっています。まだまだ母の味には遠いものの息子は「おいしいよ」と言ってくれます。その笑顔を見る度に幸せな気持ちに包まれて、胸を熱くしながら、こう思います。
「母さんもこんな気持ちだったのかなぁ・・・。」

ベネッセ 「みんなおおきくなあれ」 より

「春眠暁を覚えず」と申しますように、眠り心地の良い春はつい寝過ごしてしまいがちですが、世の中の流れは「早起き」に向かっているようです。


 NHK放送文化研究所は5年に1度、日本の時間の使い方(生活実態)に関して調査を行っており、最新の2015年調査の結果によりますと、午前5時~7時15分に起きている人が幅広い層で以前より増えています。

 また、平日は午前8時から仕事をする人が増加、平日夜は男性40代や女性30代など働き盛りの世代で就寝時間が早まり、全体として「朝型」にシフトしつつあるようです。

 尚、平日の平均睡眠時間は2010年の前回調査から1分増加の7時間15分で、これまで一貫して減少傾向にあった睡眠時間が下げ止まっています。

 日本でも有名なゴスペル・シンガー、レーナ・マリアさん。彼女は生まれつき両腕がなく、左脚が右脚の半分の長さしかない という障害を持って生まれました。でも、とても明るく前向きな人です。

 レーナ・マリアさんは、3歳で水泳教室に通い始め、10代後半からスェーデン代表として 障害者の国際水泳大会に出場し、数々のメダルを獲得。
高校の音楽専攻科を経て、名門のストックホルム音楽大学に入学。91年からゴスペル・シンガーとして本格的に活動を始め、 まず全米8州約50ヶ所でコンサートを開催。
 日本でも92年以来、ほぼ毎年、全国各地でコンサートを行ない、その美しい歌声で人びとを感動させてきました。

 そんな彼女が小さい頃からもっていた特技は、どんな所にいても、すぐに何か楽しいことを見つけ出して喜んでいられること。
 そして、いつも何かに向かってひたむきに努力して生き生きしていられることです。
「レーナ・マリアさん。あなたの喜びはどこからくるものですか」
マスコミの取材の度に聞かれる質問に彼女はいつも同じように答えます。

 わたしの両親は、わたしを障害者として育てずに一人の娘として育ててくれました。そして、いつも『あなたは価値ある者です。わたしたちは、あなたをとても愛している』と言って育てくれました。
 けれども、それ以上に神様はわたしを愛してくださっていることや、わたしには神様の特別のご計画がおありになるから、他の人と違う形に造られたのだ、ということをいつも話してくれました。
 ですから、わたしは、この特別の体を神様のために使っていただきたいと思っています。そのようにお祈りしていると、神様がどんな時でも、わたしといっしょにいてくださり、わたしの親友でいてくださることがわかって、いつも喜んでいることができるのです」
 
 レーナ・マリアさんは、98年3月には、長野冬季パラリンピック開会式で歌を熱唱。年々、世界へ向けて演奏活動の枠を広げており、彼女の明るく前向きな生き方と澄んだ歌声は、世界中の人々に生きる勇気と希望を与え続けています。

 レーナ・マリアさんの好きな言葉
「いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
 どんなことにも感謝しなさい」

彼女は、この言葉どおり、いつも喜んでおり、絶えず祈り、人とは違う特別な体を与えられたことにも感謝しているのです。

 もしも人生がすっぱいレモンをくれたとしても、 それでも受け入れ、感謝しよう」この言葉は、『ぼくはできる』という本の第1章のメッセージです。

この本を書いた「ぼく」とは、生まれつき目が見えず、手足が不自由な 大学生の音楽家(ピアニスト、歌手、トランペッター)です。名前は、パトリック・ヘンリー・ヒューズ。
 彼は、生まれながらに眼球がなく、腕はまっすぐにならず、足は決して歩くことができません。
 しかし、彼は、愛情深い両親のもと、持ち前の楽天的な心とユーモアをもって、さまざまな困難に前向きに立ち向かい、乗りこえていきました。
 そして、音楽の優れた才能と情熱で全米を驚かせる活躍をし、皆に勇気と感動をあたえた功績によって、2006年にディズニー・ワールド・スポーツ・スピリット賞を受賞したのです。
 彼の言葉は、この本の章のタイトルを見てもわかるとおり、実に前向きです。
 第2章「君ができることを変えるためになんでもやってみよう」
 第3章「情熱を注ぎ続けよう。それこそが人生を決めるのだから」
 第4章「君のお母さんが誇りに思うような君でいよう」
 第5章「いちばん素晴らしいヒーローはきっと君のそばに」
 第6章「まず、行き先を決めよう。そうして、そこへ行く地図は焼いてし
     まおう」
 第7章「惜しみなく与えた愛は何倍にもなって戻ってくる」
 第8章「毎日、夏休みの最後の日のように生きよう」
 これが、体が不自由で目が見えない人の言葉かと思えるほど、前向きで、喜びや生きる力にあふれているのです。
 
 彼は言います。
「ぼくたちはみな、誰もが、分かち与えるべき素晴らしい贈り物を持っています。もしかしたら、あなたのそれは、とても他人と違っていて、あなた自身でさえ気づいていないかもしれません。ぼくは、神様はぼくに目が見えな
いという能力をくれたのだと信じています。だから、ぼくは、出会った人の心の中がよく見えるのだと思っています」
 目が見えないという普通ならマイナスのことが、彼は自分の能力として与えられたのだと信じているのが驚きです。

「神様はまた、ぼくに音楽への情熱を与えてくれたのだとも信じています。どんなことが可能かをみんなに示すために」

 彼は、確かに音楽の才能と情熱を与えられました。たとえ自分に何か欠けることがあっても、人に何かを与え、自分にも人にも感動と喜びを生み出すことはできる。
 彼は自らの生き方でそれを示しているんですね。素晴らしい人だと思います。

東京大学農学部の荒井総一郎助教授らの研究で、米の中からウイルスの増殖を抑えるタンパク質があることが発見されました。ごく微量で効果があり、しかも副作用はありません。熱に強いタンパク質で、米を炊いても効果は変わらないとのことです。

このタンパク質は「オリザシスタチン」と呼ばれ、米の中に0.3%あります。米粒の中に、まんべんなくあるので、精米してもなくなることはないようです。このタンパク質は、ウイルスに含まれるタンパク質分解酵素の働きを阻害するため、ウイルスは増殖できなくなるということです。

私は、1年のうちに2,3回は大風邪を引いて、1週間くらい寝込むのが通常でしたが、玄米食を始めてからはほとんど風邪を引かなくなりました。他の病気も知りません。以前は、かかりつけのお医者様から年賀状が来るくらい親しくしていたのですが、今ではトンとご無沙汰です。嬉しい限りです。

玄米には、このオリザシスタチンのほかにも、人知が計り知れないような素晴らしい効用があるのだと想像します。そのように、自然の力が仕組んでいるのではないでしょうか?

しかし、こうした素晴らしい効果が発揮できないようなほどに、自分自身の命を粗末にして身体を汚し、無秩序な状態にしては、いくら玄米を食べても無駄になります。まずは、陰陽のバランスを考えながら、正しい食事と小食に徹するべきです。

私は、2歳7ヶ月の娘を持つ、働くお母ちゃんです。
私の仕事は、私立男子高の養護教諭。忙しくてたまらない一学期でした。
生徒の言葉でいうと「超やばい」毎日でした。

朝は、早朝保育で娘を保育園へ送っていき、帰りは、長時間保育で暗くなりかけた頃に、娘を保育園に迎えに行く。
プラス一学期は、定期健康診断、生徒との対応、教職員との対応、親御さんへとの対応と、土、日も仕事に追われ、家事も満足にできず、娘との時間がゆっくり持てない日々でした。

朝は、時間との戦いです。
ただでさえ時間が無いのに、娘がゆっくりゆっくり朝ご飯を食べていたり、
遊び食べをしていると、
 「なにやっているの!早くしない!」
 「早く 靴を履きなさい!」
 「早く 車に乗りなさい!」
とギスギスしていました。
子育ても仕事もうまくできないな...私ってダメだな...
そんなある朝のこと。いつも通り保育園へ向かっている時のことです。
車の後部、チャイルドシートに座っている娘が、
「お母ちゃん」
「なに!」
「お母ちゃん、ニコニコしてよ~」
「えっ!?」
娘は、人差し指をくるくる回して、呪文を唱えるようにこう言いました。
「ニコニコに なあれ♪お母ちゃん、ニコニコに なあれ♪」
思わず、頬がゆるみ、娘の呪文どおりニコニコになれたのと共に、こんなに幼いのに私のささくれた気持ちを感じていたんだなぁ...申し訳ないな。
「ごめん!お母ちゃん、いつもプンプンしていたね。ごめんね」
と言いながら、泣けてきました。運転しながら涙を流す私に、またも娘は、
「お母ちゃん、泣いちゃダメ! ニコニコになあれ!」
魔法の言葉をかけてくれました。
養護教諭として保健室で生徒と対応する中で、大事な大事なことを忘れていたようです。
今の私に必要なのは「ゆとりを持った対応と笑顔」でした。
男子生徒に「ニコニコになあれ♪」とは、さすがに恥ずかしくていえません
が「保健室を出て行くときは、ニコニコになって欲しいな」
と、そんな気持ちで接するようになりました。
娘は、主人にも魔法をかけてくれました。
「お父ちゃん、ニコニコニなあれ!」
疲労困ぱいしているその顔が、瞬く間に笑顔になりました。
ニコニコになってから、仕事もうまくいくようになりました。

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