仙夜一夜物語

第61回「玄米食への道(3)」

 感銘を受けた話が二つある。
 ひとつは戦国時代の豊臣秀吉の参謀、トラ退治で有名な加藤清正の「くろごめ(玄米)を食すべし」という家訓である。米は玄米を食べなさい、でないといざ戦となると力が出ないという意味で、この当時から、上流階級では白米を食べるようになっていたと想像できる。清正は、白米で戦力が落ちることを警戒していたということだ。
 戦国時代に武士たちは想像を絶する様な働きをしていた。例えば、「秀吉の大返し」。秀吉全軍が、重い鎧兜を身につけたまま一晩で中国地方から戻ってきたという体力は驚異的である。その原点が玄米だったという。
 もうひとつは、明治時代に来日していた、ドイツ人医師ベルツ博士の著書「ベルツの日記」に書かれた、当時の日本人の体力に驚いたというエピソード。
 ベルツ博士は、日光までの百十キロの旅で、馬を六回取り替え、十四時間かけやっとたどり着いた。もうひとりの人は人力車を使って日光に行った。馬と人力車はどちらが早く着いただろうか? 人力車はなんと三十分遅れるだけで、それも交代なしで日光に到着していた。ベルツ博士が人力車の車夫の食事を調べると、玄米のおにぎりと梅干し、味噌大根の千切りと沢庵だった。肉も食べずにこれだけの力が出ることに驚き、ベルツ博士は食事の実験を行なった。車夫を二人雇い、一人に玄米おにぎりの食事を、もう一人に肉の食事を摂らせ、八十キロの荷物を積み、四十キロの距離を走らせ、どちらが長く続けられるかを試してみた。結果は、肉の食事の車夫は、三日でダウン。玄米おにぎりの車夫は、三週間も走り続けることが出来たのである。肉の食事の車夫も、食べ物を元に戻すと元気に走れるようになったそうだ。  この経験からベルツ博士は、帰国後ドイツ国民に菜食を訴えたと言う。
 これまで、動物性たんぱく質を摂取しないと力やスタミナが出ないと信じていた仙一にとっては、目からうろこの話だった。
 自分があまりにも食に対して無頓着だったことを大いに反省した仙一は、ますます「玄米の世界」にのめり込んでいった。(つづく)

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