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    <title>仙夜一夜物語</title>
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    <title>父の背中</title>
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    <published>2009-12-31T09:38:49Z</published>
    <updated>2010-06-22T09:03:48Z</updated>

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        <![CDATA[<p>　仙一は子供の頃、農家の長男であることが正直イヤだった。五月のゴールデンウィークには田植えに借り出され、地元で盛大に行われる「つつじまつり」にも行ったことがない。忙しいわりに生活が豊かになる訳でもなく、尊い仕事だという感謝の気持ちはあったが、農業に魅力は感じていなかった。<br />
　しかし、少しずつ農業に興味を持ち始めた。それはやはり、父の仕事ぶりを間近で見ていたからに違いない。<br />
　仙一が生まれた頃、田んぼはまだ牛や鍬で耕していたが、耕運機が発売されるや父は真っ先に購入し、自分の土地はもちろん、よその田んぼも耕して作業を請け負うというビジネスにしたそうだ。その調子で、稲刈り機、田植え機と最先端の高額な農機具を次々取り入れた。農機具メーカーの技術者が家に泊まりこみ、夜遅くまで改良点を相談していたのを仙一は微かに覚えている。父は農業技術の向上、環境整備、農地の改良事業に全力を注いだ。田んぼの害虫を観察して詳しく調べ、農業試験場に報告したりもしていた。<br />
　そんな父でさえ、仙一が農業をすると言い出した時には反対した。一人当たりの米の年間消費量は戦後一五〇㎏から六〇㎏にまで落ち込み、農業の衰退は誰の目にも明らかだったからだ。<br />
　農業を始めて最初の一年は、ノウハウを教わるのに一生懸命であっという間に過ぎていった。　そんなある日、自分の田んぼにはタニシやカエル、ドジョウ、ホタルまでいるのに、畦ひとつ隔てたよその田んぼには全く生き物がいないことに仙一はふと気付き、愕然とした。田んぼの真ん中で、まるで何かを睨むような目で仙一はしばらく立ちすくんでいた。</p>]]>
        
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    <title>セールス</title>
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    <published>2009-12-01T09:35:30Z</published>
    <updated>2010-06-22T09:00:26Z</updated>

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        <![CDATA[<p>お米は国と農協の管理下にあり、価格競争も無く黙っていても言い値で売れた。｢セールス｣など無縁の世界である。そこにひとつの光を見出していた仙一は、まだ誰も手をつけていない《農家から企業へ米を販売する》という道で、新しい農業ビジネスモデルを確立しようとした。仙一は東京に飛びお客様の獲得に奔走した。商社マン時代に外食産業や飲食店の方と深い信頼関係を築いていた仙一は、どんどん大手の外食チェーン店に飛び込んで行った。<br />
「農家がセールスか。時代も変わったな。」<br />
と言われるたびに、<br />
「変わったんじゃない。俺が変えてやるんだ！」<br />
と心の底から思った。<br />
お米は厳格な流通ルートが形成されていたため、それに逆らうことは経営者にとってリスクがあり、断られることが多かった。しかし、中には仙一の人柄と情熱に心打たれ、<br />
「お前が作った米なら、買ってもいい。」<br />
と言って下さるお客様もあった。その当時のお客様は今でも大切なマイセンのお客様となっている。<br />
　自分で作った米を自分で売る。まだ珍しかった携帯電話を首からぶらさげて、農作業着と長ぐつ姿で広い田んぼで作業をし、引き合いがあればすぐにスーツに着替えてセールスに歩いた。ボロボロのパソコンに自作のソフトを入れ伝票を作り、銀行に行く暇も惜しんでオンラインで取引を管理する。仙一の目指す新しい農家のスタイルは、日々その形を整えていった。<br />
(つづく)</p>]]>
        
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    <title>起点</title>
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    <published>2009-11-04T08:16:46Z</published>
    <updated>2009-11-17T06:36:33Z</updated>

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        <![CDATA[<p>仙一が商社を辞めると宣言した後、彼を慕う部下二人も共に辞めると言い出した。仙一に「ついていく」と言うのだ。二人の気持ちは非常に嬉しかったが、首は縦に触れなかった。<br />
　農業をビジネスとして成功させる自信はある。父から預かった田んぼも七㌶となかなかの規模だ。だが、家族を養うには足りない。それに、農家の息子といえども、仙一は素人、最低一年はみっちり学ぶ覚悟。二人を雇うなど到底無理だと思った。<br />
　仙一の決意を聞き、一人はあきらめがついたようだが、残るＳは頑として聞き入れず。<br />
「ダメと言ってもついていく。 一年無給だったって構わない」流石の仙一も折れ、<br />
「それなら一年だけ待ってくれ」<br />
そう頼むとようやっと頷いてくれた。</p>

<p>「さぁて、いっちょやるかぁ！」<br />
気合一番、まず車庫へ。<br />
　車と物を放り出し大掃除、天井から床まできっちり防塵塗料とペンキを塗った。そこへ精米設備を整える。勿論、すべて中古でまかなう。中には「次は必ず工場建てるから」と、口約束で借りたものまであった。車庫から転身、精米所の完成だ。<br />
　事務所も至ってシンプル。共働きである妻の事務所の一角を借り、小さな座卓を置く。その上に電話機ひとつ載せれば出来上がり。<br />
　ようやく一息ついていると、次々と花や祝電が届いた。お世話になった方々からの御祝だ。小さなマイセン事務所は、あっという間に花で埋まっていく。思いもよらぬ出来事に、胸が熱くなった。</p>]]>
        
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    <title>なぜ農業？</title>
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    <published>2009-11-04T06:26:28Z</published>
    <updated>2009-11-04T08:50:52Z</updated>

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        <![CDATA[<p>周囲の猛烈な反対があったにも関わらず、なぜ牧野仙一はこの道を選んだか。聞けば「不安はあったが、何も怖くはなかった。『絶対にできる』という確信があった」という。その自信と勝算は、一体どこからくるのだろうか？</p>

<p>　当時日本の米業界は、強烈な国の統制下にあった。「自由経済国の中の共産圏」というのが仙一の口癖だったが、正にその通りだった。<br />
　米の流通は、食管法（昭和一七年、戦時体制下に制定）によって、政府への売渡義務、集荷、販売業者の指定等々、許可制を基本とする、厳格な流通ルートが形成されていた。生産者が直接消費者に米を販売することなど、許されなかったのである。各県にはそれぞれ農協中央会があり、米はここを介して消費者の手に渡った。国に管理されていれば、競争とは無縁でいられたのである。逆に言えば、どんなに工夫して良いものを作っても、認めてもらえない世界でもあった。<br />
　仙一は、そこに目をつけた。農業にビジネスモデルを見出せないかと考えたのだ。言われるがまま「米を生産するだけ」という農家の枠を飛び越え生産から販売までを一貫して手掛ける、農業法人を目指そうと考えた。「必ずやれる」、その根源には、二つがあった。</p>

<p>　まず、米は日本人の主食、他の食品とは異なり、毎月、毎年、着実に一定の消費量が見込めるということ。それはつまり、結果を数値として積み重ねることができることを表わしている。着実に契約数を増やすことさえできれば、ビジネスとして成立する。<br />
　そして、外食産業との直接取引である。今で言うＢ２Ｂ（企業間取引）、農家と外食企業という組合せは、当時まだ例がなかった。ここに一つの光明を見出していた。以前の仕事柄、この方面にはある程度精通している。それまできびしい業界で確実に実績を残してきたという営業力と経験、そして何より、「安全で安心出来る本物をつくっていれば、必ずお客様が支持してくれるはずだ」という気持ちが、恐れを取り払った。</p>]]>
        
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    <title>マイセン誕生前夜／2</title>
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    <published>2009-05-29T06:25:20Z</published>
    <updated>2009-09-19T03:16:42Z</updated>

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        <![CDATA[<p>　とうとう、順番がまわってきた。緊張などしていないつもりだったが、いつの間にか、掌が汗ばんでいる。背中には、たくさんの視線が刺さってくる。<br />
「ガラガラガラ―ッ」<br />
勢いよく回した抽選機から、これまた勢いよく飛び出た玉の色は...赤や！<br />
　仙一はくるりと振り向いて、言ってしまった。<br />
「みなさん、ご苦労様！大当たりです！」<br />
会場を包む、落胆の声、声。みな一様に悔しそうな顔をして「あいつはどこの誰や？」と、いぶかし気である。それもそのはず、会場にいる者は、大抵互いに顔見知りであったが、仙一だけは、これから農業に踏み出そうという、まるきりの部外者。<br />
　どよめく会場を余所に、仙一は感動をかみしめていた。<br />
「絶対についている。俺にやれと、神様が言ってるんや！」<br />
と、確信した。それまで「決めた」とはいっても、やはり心のどこかに不安があったが、これで、踏ん切りがついた思いだった。</p>

<p>　もう迷うことなどなかった。即、辞表を出し、新会社設立の準備だ。登記や定款作成といった手続きも、全て自分で行った。そして、1週間も待たずして、公証人役場へ。</p>

<p>「これは、何て読むんです？」<br />
公証人の先生が、「米仙」の文字を指して頭をかく。<br />
「『まいせん』 です。お米に、私の名前の1字をつけて、米仙」<br />
嬉しそうな顔に、先生はなるほどとうなづいたが、<br />
「う～ん、一般の方には、分かりづらいんじゃないかねぇ...」<br />
ちょっと考えて、<br />
「片仮名で『マイセン』はどうです？」<br />
マイセン。陶磁器界最高峰、ドイツの名窯。以前、仕事で食器にも携わったことがある仙一は、その偉大さをよく知っている。<br />
　マイセンのように、本当によいものを作りたい。<br />
「それでいきましょう！」</p>

<p>　この時、社名とともにロゴも決定している。その由来は･･･<br />
・稲穂が稔る姿を表現した。<br />
・マイセンの頭文字Ｍの筆記体をもじった。<br />
・幼い頃、いつもばぁちゃんが仙一に言い聞かせた言葉。<br />
「お米1粒に3体の仏様が宿っとるんやで」<br />
ロゴのお米粒は、右肩上がりに放物線を描いて並んでいる。無限に成長し続けたいという、願いが込められているのだ。<br />
<img alt="logo.png" src="http://www.maisen.co.jp/uploads/logo.png" width="121" height="38"></p>

<p>ともあれ、こうしてマイセンは誕生した。<br />
　当時、農業生産法人の法人形態は、有限会社、農事組合法人、合名会社、または合資会社であったため、有限会社マイセンとしての船出だった。鯖江市では、1番乗りである（残念ながら県内一ではなかった。平成12年の農地法一部改正後、株式会社マイセンとなったが、これは日本初）。資本金300万のうち、3分の1は仲間達が出してくれた。<br />
「俺は、やるでぇ！」<br />
仙一の胸には、赤々と情熱が燃えさかっていた。</p>]]>
        
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    <title>マイセン誕生前夜／1</title>
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    <published>2009-05-29T05:57:54Z</published>
    <updated>2009-05-29T06:24:13Z</updated>

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        <![CDATA[<p>　1991年、バブル真っ盛り。<br />
サラリーマン牧野仙一、34歳。<br />
　会社と自宅、出張先を往復する多忙な日々を過ごしていた。家でくつろぐ暇もないほど、仕事、仕事にあけくれ、一生懸命働いた。もともと、仕事大好き人間なのである。</p>

<p>　ところが、ふとしたことをきっかけに、そんな生活に疑問をいだき、その思いは日ごとに大きくなっていった。もっと人間らしく生きたい、生きていこう、と。<br />
　見つめ直す、歩むべき道。その一つに独立という道が加わった。</p>

<p>　なぜ、独立か。<br />
　男として生まれたからには、自分の手で何かを成し遂げたい、というのもある。<br />
　仙一は、人まかせが嫌な性分である。誰かに頼んでも、「ちょっと貸してみ...」と、ついつい手を出してしまう。そして、皆が思いもよらぬ方法を考え出すと、実践せずにはいられない。元来、もの作りが大好きなのだ。<br />
　それは、仕事ぶりにもよく表れていた。体面を気にせず、おかしいと思えば即行動。裏表の無さは怒りを買うこともあったが、信頼を集めるきっかけにもなった。<br />
　どんな状況におかれても、今を楽しむ才能がある。職場も、決して辛いだけのところではない。しかし一方で、身体を壊し去ってゆく仲間、我が子の笑顔、いつも「おかえりなさい」と待っていてくれる妻を思う。働けば働くほど、虚しさがつのってゆく。<br />
「独立」の二文字がどんどん、膨らんでゆく。<br />
　<br />
　そして、決心した。<br />
「俺は、35を迎えるまでに、事を始める」</p>

<p>　家族の傍で、物事に一から携わることができる仕事。<br />
　探すまでもない。牧野家は、先祖代々農業を営んでいる。<br />
「よし、俺は、農業をやる！」<br />
突然の宣言に、父をはじめ、家族や親戚、友人に至るまで、口を揃えて反対した。日本の農業のあり方は、大きく変化している。米の需要は右下がり、減反を強いられ、とても農業一本ではやっていけない。誰もが「農業は尻すぼみ」だと思う時代、仙一を心配してのことだった。しかも、米を直売する気だというのだ。当時、米の小売は県知事の許認可が必要だった。脱サラ後の素人が参入するなど、思いもよらない。<br />
　ところがそんな折、「鯖江市で1件だけ認可する」という、絶好の機会に恵まれた。しかも、選定方法は抽選。当たった者は、要件さえ満たせば米の販売を認められる。降って湧いた好機に、仙一は舞い上がった。<br />
　...が、抽選会場で唖然とする。ざっと数十人、倍率にして50倍ほど。本抽選前に、順番を決める予備抽選まで行われた。<br />
　圧倒されながら、32番の札を手に列に並ぶ。次々と抽選機が回され、その度にハズレ玉が転がり出た。ガラガラという音を聞きながら、<br />
「こりゃ、あかんかもしれんなぁ」<br />
と思った。</p>]]>
        
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