仙夜一夜物語

第67回「玄米食への道(9)」

 自分では安心して食べていただける、美味しい玄米が完成したと自信を持っていたが、それを人に勧めてもなかなか玄米食を始める人はいなかった。人はよく「健康を失って、健康のありがたみを知る」といわれるが、特に日本人はその傾向が強いように思える。玄米食といえば、病人が食べたり、変人の食べ物であるという見方が一般的だった。
 二十年近く前の当時では、日本よりむしろ健康先進国のアメリカやヨーロッパの方で玄米食の評判は良かった。その原因として、戦前の食糧事情の悪さにより白いご飯【通称...銀しゃり】に対する憧れのようなものがあるようで、特に戦前生まれの人の玄米に対する拒否反応が強いのは今も変わっていない。こうした一種の食わず嫌い的なものをどうやって解消してゆくかが、仙一のテーマとなった。
 一度、マイセンの玄米を口にした人は、「玄米がこんなに美味しいとは知らなかった」「これまでの玄米の中で一番美味しい」「玄米でもこんなにもちもちしているとは驚きだ」「この玄米なら続けられる」等など異口同音におっしゃっていただき、自信を持っていた。まずは一口目の玄米をお召し上がりいただくためのきっかけを如何にして作れるかが問題点であった。
 いろいろ考えてみた結果、まずは手軽な「玄米粥」がいいのではないかと思った。福井には有名な永平寺という禅宗のお寺があるが、中国から「玄米粥」という食べ方を持ち帰ったのが永平寺開祖の道元禅師! マイセンのある福井にも縁(ゆかり)がある食べ方でもあったし、低カロリーで健康食にはうってつけだと思った。しかし、どこでどのように作ってもらうか?
 保存方法や流通の利便性から考えて、レトルト方式がいいと思ったが、お粥を作る際の水や塩にもこだわりたかった。ただでさえ、そう簡単に他社のOEM生産(相手先ブランドによる生産方法)を引き受けてくれるところは無いというのに、食材にこだわるなどという発想そのものが当時の加工食品工場では希少だった。
 またまた、難問が仙一の前に立ちはだかったのだ。

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