仙夜一夜物語

第36回「平成6年の大干ばつ(3)」

 来る日も来る日も空を見上げ、ため息をついては自分の田んぼを見下ろす...そんなことの繰り返しだった。
 ただ、いいことも一つだけあった。放流された近くのため池から、普段お目にかかることない生き物達が、田んぼに流れ込んできたのだ。大きなケガニや、時にはスッポンまで流れてきて、子供と一緒に捕まえては遊んだ。ためしに網をしかけてみると、面白いくらいにかかった。サラリーマン時代は子供と遊ぶことがほとんどなかったから、子供がケガニを捕まえて大喜びしている様子を見ていると、とても嬉しかった。
 しかし、雨は降らない。ため池から流れ込んできた水も、毎日のカンカン照りに、すぐに干上がってしまいそうだった。
 「水利の悪い田んぼは捨てて、他のところへ回すか...」。
お米を待っているお客様がいる、借金もある、ダメになりそうな田んぼは捨てて、他に水を回したほうがよい...そんなことを考え始めた7月の半ば。本来ならば、受粉を終えた稲たちが穂を出し始める頃だ。田んぼを見てから決めようと思った。
 ところが、水のほとんどない田んぼでも穂が出始めているではないか。夜露を集めて、なんとか水を吸おうとしている。その健気さに胸が熱くなった。
 「こいつら、こんなにひどい状況の中でも頑張って次の命を生み出そうとしているんだ。助けてやらなければ!」
 稲は今、「出産」をしようとしているのだ。儲かるとか儲からないとか、そんなことはどうでもいい。必死に頑張っている稲たちを少しでも助けてやるのが自分の努めだと思った。

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