仙夜一夜物語

第35回「平成6年の大干ばつ(2)」

 雨が降らないまま梅雨が明け、暑い夏がやってきた。気温はどんどん上昇し、稲はまもなく開花の時期を迎える。
 しかし、いつまでたっても一向に雨が降る気配がなかった。
 田んぼの水はいかにも心もとなく、田んぼの周りを流れる用水も、今にも涸れてしまいそうだった。
 空が曇るたびに「今度こそ降るんじゃないやろか」と半ば祈りをこめて空を見上げるが、雲はあっという間に押し流されてしまうのだった。
 マイセンの持っていた田んぼは、水の便のよいところにあるものが多かったが、全体の1/10ほど水利の悪いところがあった。やがて、その田んぼの用水に水が流れてこなくなり、川から直接ポンプで水を運ぶようになった。
 こうなると、昼も夜もその田んぼにつきっきりになった。仙一は農業については新参者だったし、あちこちで「ヨソ者」扱いされることも多かった。夜の間にポンプを止められたり、エンジンを破壊されたり...、そんな妨害を防ぐために昼夜問わず田んぼの見回りをした。
 仙一は、村の役員もしていたから、自分の田んぼを守ると同時に、皆の田んぼも守らなければならなかった。
 水利権という、地区ごとに決められた水に関する決まりがあり、これは行政も口を出すことができない、昔からの厳しい掟だった。水不足が続き、そのうちに、この掟を破る者が出てきた。川の上流で勝手に水を汲んでいる者がいたら止めに行かねばならなかったし、自分の田んぼも見回りをしなければならなかった。
 皆が、自分の田んぼや畑を守るのに必死で、気も立っていた。ちょっとしたトラブルですぐに殴り合いのケンカになり、警察沙汰になることもあった。
 大の大人がスコップを振り回してケンカをしているさまは、今からみると滑稽にも思えるが、当時は全ての農家が自分達の田んぼや畑を守るために必死だった。
 そうやって人間が水の奪い合いをしている間にも、田んぼはどんどん乾燥していった。梅雨どきの豊かな雨で肥沃な土壌になるようにと6月にまいた肥料が、そのまま田んぼにへばりつくようにして残っていた。地面はカラカラに乾燥し、自分の握りこぶしが入るほど大きなひび割れがあちこちに出来ていた。
 「今年はもうダメかもしれん...水利の悪い田んぼは捨てんとあかん」。
 次第にそう思い始めてきた。

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