仙夜一夜物語

第23回「大凶作(1)」

 平成5年。仙一、35歳。マイセンを立ち上げて1年が過ぎた。この夏に、ようやく例の新工場が完成した。
 6月から長雨が続き、気象庁が梅雨明け宣言をした後に、その宣言を撤回した。そんな異常気象の年だった。

 「青年農業士」という制度がある。農業者の社会的評価を高めるために都道府県が認定する資格で、若い就農者たちが交流を深めて、お互いの農業技術を高め、農業に対する士気をあげる...そんな役割を担っていた。
 この年の8月に、全国青年農業士大会が滋賀県で行われることになった。
 仙一も福井県の青年農業士に認定をされていて、県からの依頼で他のメンバーと共に、この大会に参加することになった。
 大会は、滋賀県長浜市で1泊2日の日程で行われた。
 農業に関する様々な催し物や研修会があり、夜の食事会には、なんと皇太子ご夫妻がご臨席された。ご成婚されたばかりで、日本中が雅子様ブームに沸いていた頃である。会場の周りに一般人が殺到し、厳戒態勢で警備が行われていた。著名人も多く招待されていたが、その人々ですら、会場に入るのに厳重なチェックをされた。その中に仙一もまじっていたのだ。一般人が警備に止められる中、悠々と会場に入る。ちょっといい気分になった。
 ご夫妻は、お二人とも立食形式の会場を気さくに回って、気軽にお話をして下さった。
皇太子ご夫妻と会話を交わし、他にも色々な人の話を聞いたり、新しい農法について熱く語ったりもした。とても楽しい夕べだった。
 1泊2日なので次の日もセミナーがあり、それに参加してから帰るつもりだった。次の日の帰りの予定と、皇太子ご夫妻のことなどを話してやろうと思い、家に電話をした。
 ところが、電話の向こうの様子が変だ。妻は開口一番こう言った。
 「今すぐ帰ってきて」。

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