仙夜一夜物語

第16回「不耕起栽培への挑戦(2)」

 なんとか周りを説得して、まずは一枚の田んぼから不耕起栽培に挑戦してみることにした仙一だが、福岡氏の農法をそのまま北陸で行うためにはいくつかの課題があった。
 一般的に行われている農法では、3月下旬の暖かくなってきた時期に種籾を水に漬けて、育苗器の中で発芽させ、5月になってから田に植え替える。このときの苗の出来がその年の出来を決めてしまうので、育苗は、ハウスの中で、温度管理、水の量、日光に当てる時間などを厳重に管理される。
 このように、苗が手をかけすぎるほど手をかけて育てられているには理由があった。稲は熱帯原産なので、本来は温暖湿潤な気候が最も適している。それを寒冷地でも安定した収穫量、食味を確保できるように、品種改良を行い、農法を工夫したのが現在のやり方なのだ。福岡氏は愛媛の人で、気候が北陸とは違う。北陸では春先になっても寒い日が続くことがあるから、種のまま地面に蒔いても発芽しないかもしれない。また発芽したとしても、田おこしをしない固い土の上では生長しないかもしれない。それに種を蒔く機械などあるのか? 田植え機は、ある程度育った苗を田おこしをした柔らかい土の上に植えることを想定して造られている。機械を使わずに全て手作業でやるには手間がかかりすぎる。仙一は趣味で農業をするのではないのだ。農業を「経営」していくためには、採算がとれるかという問題もついて回った。
 これらの問題を解決するために、仙一は自分で情報を集め、様々な観点から勉強をした。種の発芽や、生長ホルモンの仕組み、肥料や農機具のこと、稲作の歴史...全くの素人だったから全てが手探り状態だった。しかし、この時勉強したことが、後の「地球舟号」やバイオ研究所につながっていくことになった。
 試行錯誤の末、古来から日本で行われていた方法を真似てみることにした。田おこしをしない田んぼでもしっかりと根を張って、雑草や害虫にも負けない稲にするために、強い苗を育てある程度大きくなってから直接田に植えるのだ。
 強い苗を作るにはどうしたらいいか? 野山の植物は冬の間は冬眠して力をたくわえる。一見枯れているように見えても、春になるとちゃんと芽を出す。稲だって同じのはずだ。種を甘やかさず、過酷な環境に慣れさせれば、きっと野山の植物たちと同じようなことができるはずだ。
 そう考えて、お正月明けの厳寒の時期の冷たい水の中に種籾を放り込んだ。冷たい水に一ヶ月ほどさらし寒さに慣れさせる。稲の野生の本能を呼び覚ますのだ。そうして悪条件で育った種籾を蒔く。自然発芽は当時誰もやっていなかったから不安があったが、仙一は稲の生命力を信じていた。
 それと同時に、機械の問題にも取り掛かった。効率よく農作業を行うためには、機械の力が不可欠で、会社として農業を成功させることができるかどうかは、機械の問題を解決できるかにかかっていた。

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