仙夜一夜物語

第15回「不耕起栽培への挑戦(1)」

 仙一の前職はバリバリの営業マンである。親は農家だったが、仙一自身は田植えや稲刈りを手伝うことがあった程度で、ほとんど素人に近い。そこで、農業を始めるにあたって、まずは色々な角度から勉強を始めた。お米や田んぼのこと、肥料や農薬のこと...様々な方法があることを学んだ。それとともに、ある疑問を持つようになった。
 野山の草も花も木も、誰も耕さないのに芽を出し、根を張って生長していく。除草をすることもないし、害虫や病気を防ぐために農薬をまくこともない。しかし、美しい花を咲かせ豊かに結実する。
 なぜ田んぼは耕すのだ? 地面を耕し水を張って、暖かいハウスで発芽させ生長させた苗を、そっと水田に植える...なぜこんなに手をかけなければいけないのだろう。稲だって植物だ。人間の手をかけなくても、自然のままに育っていくのではないか?
 そんなときに、ある一冊の本に出会った。農業哲学者・福岡正信さんの「わら一本の革命」。
 耕さず、肥料も施さず、無農薬かつ無除草の自然農法で、近代農法を上回る収穫をあげた。また、種を泥でコーティングした「泥団子」を普通の地面に蒔き、地力や種の生命力をあげることによって、今まで草木の育たなかった地域にも植物が育つようにする活動も積極的に行っている。そのせいか、福岡氏の農法は、日本よりもむしろ世界で評価が高い。今現在、世界の諸地域に、国際的な援助活動が行われているが、それらの多くは「足りないモノを与える」ことだ。それでは本当の援助にはならないのではないか? 「足りないモノを自分たちで作る」ことを教えることこそ、本当の援助なのではないだろうか。
 「これだ!これが俺の農業だ!」
 仙一も福岡氏のマネをしたいと思った。自然の力で自然に実った生命をいただき、残ったものは自然に還す、それが自分の目指す農業だと思った。
 しかし、それを実践するには様々な困難があった。
 福岡氏は、愛媛の人なので、その農法を北陸にそのまま当てはめることはできなかった。たとえば種。ハウスを使わずに直播をすると、気温が低すぎて種が発芽しないかもしれない。そして機械。田植え機は苗を植えるためのもので、種を撒くためのものではない。人の手で効果的に蒔くには手間がかかりすぎて、それで食っていくことなどできやしない。仙一は社員も養わなければいけないのだ。 周りは当然反対をした。そんなイチかバチかの賭けをして失敗したらどうするのだ? しかし仙一は可能性がある限り挑戦してみたかった。まずは一枚の田んぼで試してみることをなんとか説得した。
 仙一の不耕起栽培への挑戦は、こうして始まった。

バックナンバー