仙夜一夜物語

第14回「トロイの木馬作戦」

 農業の自由化が社会問題にもなり、とかく農協との衝突の多い時代だった。
 それは仙一だけではない。農業に情熱を燃やし新しい方法を試みようとする農家と、管理しようとする農協。中には、農協に反発して嫌がらせをする人もいた。農協に預けている預金を解約したり、敷地に汚物を撒いたり...。仙一も農協に言いたいことは山ほどあったが、そんな子供じみたことはしたくなかった。同じ農業に携わっているのだ。未来の子供たちから預かった大地を守る...その使命は、みな同じのはずだ。一人一人は小さな力でも、みんなの力を合わせればもっと大きなことも出来る。何よりも、みんな仲良くやっていきたい。いさかいは楽しくない。では、どうしよう?戦わないほうがいいなら説得するか? 「生産者が努力をして安全な米を作り、お客様に食べてもらう」。全く当たり前のことで、正しいことではあるが、その時の農業をとりまく状況の下では、それがなかなか簡単にはいかなかった。仙一は、自分の考えを曲げる気はなかったが、やや時代を先取りしすぎていて、理解できない人も多いということはわかっていた。説得するのも難しいだろう。
 もっと即物的に考えることにした。
 それが「トロイの木馬作戦」である。
 「トロイの木馬」。ギリシャ神話の有名な話だ。堅固な城壁を持つトロイをなかなか陥落させることのできなかったギリシャ軍は、一計を講じる。巨大な木馬を作ってその中に軍勢を潜ませ、それをトロイ城内へ引き込ませるように仕向けたのだ。この作戦によって、9年もの長きを耐えたトロイは、内部からの攻撃で、一夜にしてあっけなく陥落した。
 農協を内部から攻略するのだ。
 「農協」の中にも、実は様々な部署があった。金融、営農、販売、スーパー...その中でも農協の屋台骨と言われているのは、預金や保険を扱う金融部門であった。仙一と、何かと衝突していたのは営農部門。金融の方で名を馳せ、まずは金融部門を味方につけるのだ。
 味方につけるのはさほど難しくない。。金融部門にとって「大事なお客様」になればよい。保険で一番になろうと、大口の保険にどんどん入った。一番にはちょっと足りなかったが、仙一の名は金融で知れ渡るようになった。そうすると農協の屋台骨の「大事なお客様」である仙一を、同じ農協の営農部門もむげにはできない。「トロイの木馬」のように、一夜で、とはいかなかったがなんとか騒動は治まるようになった。
 これが、仙一流の「トロイの木馬作戦」であった。

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