仙夜一夜物語

第10回「お茶碗一杯五円のぜいたく」

 仙一がターゲットにしたのは外食産業だけではない。個人のお客様に対してこそ「自分で作った米を自分で売る」を実践したかった。当時、米の生産・流通は、国によって厳格に管理されていて、農家が「自分で作った米を自分で売る」ということは、限定的にしか認められていなかった。それが「特別栽培米制度」である。当時、一年間で一人百二十㌔までならば、生産者が個人に販売することを認められていた。
 仙一はこの制度を利用して、個人客へのアプローチを始めた。これまでの人生で培った人脈を頼りに、ダイレクトメールを送ったのである。従業員とているわけではない。自分で一つ一つデータを打ち込み、チラシのデザインも全て一人で考えた。専門的なことはわからなかったが、どういう人たちだったら自分の米を買ってくれるだろうかと想像しながら、一言一句を考えた。
 タイトルは、「『お茶碗一杯五円のぜいたく』。安全、健康、本物のお米を生産者が直接お届けします」。
 県外に住む福井県出身の人たちを中心に、数千通を出した。故郷のお米の味を思い出してくれるかもしれないとの想いからだった。
 あとでわかったことだが、ダイレクトメールの反応率というのは千通で一件あればいいほうで、数千通ならば五~六件の反応しか期待できないのが普通らしい。ところが、仙一の出したこのダイレクトメールに対しては、約三百件もの反応があった。決して値段を安くしたわけでもないのに、三百人ものお客様が、農業初心者の仙一のお米を予約してくれたのだ。「この人たちに絶対うまい米を食べてもらうぞ。」仙一は、電話一つの小さな事務所の中で改めて心に誓った。
 このダイレクトメールがきっかけになり、そこからクチコミでもマイセンの米は少しずつ広まっていった。マイセン設立の翌年、平成五年には社屋建設の目処もたち、少しずつマイセンが軌道に乗り始めた。
 そんな矢先、ある一本の電話が事務所にかかってきた。マイセンのお米を愛用いただいていた、あるお客様からだった。
 「今農協から電話がかかってきて、マイセンからお米を買うことは違法だと言われたのですが、一体どういうことですか?」 

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