仙夜一夜物語

第8回「汚さない農業」

 広大な面積を占める田んぼに撒かれた農薬や化学肥料は、そのほとんどが雨によって土中にしみこみ、地下水を汚し、海へと流れ、やがてすべての生き物を脅かす。自分が志した「農業」は環境破壊の最たるものなのか。いつか自分が老いたとき、孫に
「じいちゃんのせいで、僕らは地下水も飲めないし、魚も食べられなくなったんだ。」
とは言われたくない。絶対に。
(未来の子供たちのために、大地を汚さない農業をしよう!) 仙一は熱い決意を固め、農薬や化学肥料に頼らない農業を目指した。
 するとその周りの田んぼの農家から
「なんで農薬を使わないんだ。地区の決まりを守れ、迷惑だ。」
と怒られた。仕舞いには、
「田んぼを持って出て行け!」とまで言われた。当時三十四歳だった仙一の発言や行動は、若い、青いと笑い飛ばされたのだ。
 これは余談になるが、母が作った無農薬有機野菜を日頃の感謝を込めてお客様にプレゼントしたところ、
「送られてきたキャベツに虫がいた。気持ち悪い。こんなものいらない。」
とお客様からお叱りを受けたことがある。
(スーパーで売られている農薬まみれの野菜とは違うのに!)
強い悲しみが込み上げてきた。隣の畑のキャベツは虫も食べません。
 それでも仙一はめげなかった。仙一の熱い呼びかけに年寄りは保守的だったが、誇りを持てる農業を目指している若い人達は共感してくれ、やがて仲間も増え、安全な農業について共に勉強するようになった。そんなある日、仲間の一人がポツリと言った。
「牧野は自分の米を、自分で売れるからいいよな。」
どんなに努力して安全で安心な米を作っても、農協の評価の基準はそこではなく、あくまで見た目だけなのだ。だから農薬たっぷりの米と同じ扱いなのである。
「よしっ、みんな一緒にやろう!オレが米売っちゃる!」
仙一は持ち前の豪快な笑顔で応えた。マイセンという小さな石ころが輝きはじめた瞬間だった。

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