仙夜一夜物語

第7回「沈黙の田んぼ」

 農業一筋の仙一の父も、新たに農業の道を歩み始めた仙一も、自分たちの田んぼに農薬を使うことはほとんどなかった。それはすべてお客様のため...と言いたい所だが、実はそれだけではない。二人とも農薬にカブレる体質だったからである。仙一は特に肌が弱く、農薬どころか化学肥料にもひどくカブレた。そんな理由もあり、農薬を極力抑え、有機肥料を施した田んぼは小さな生き物たちの楽園となったのである。
 それなのに、小さな畦ひとつ隔てたよその田んぼには全く生き物がいない。その光景に、仙一は我が目を疑ったのである。 当時農協は、除草剤を3回以上、農薬を3回以上散布するよう農家に推奨していた。中でも極めつけは、収穫前一ヶ月以内の農薬散布である。夏の暑い盛りのその日、人々は洗濯物を出さず、窓を締め切り、農薬散布が終わるまでじっと待つのだ。洗濯物に付いてもイヤなものを、口に入れるお米に撒くのである。そうして、一見美しく清潔な、農薬まみれのお米ができあがるのだ。
 農業に携わることは、日本の原風景を守ることだと信じていた。しかし今、農業こそが環境を破壊していることを目の当たりにした仙一は、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」※を思い出していた。
(これじゃあ、「沈黙の田んぼ」やないか...!)

 思い直したように踵を返し、仙一は自分の田んぼにそっと足を踏み入れた。7月の青空に、ナツアカネが一斉に飛び立った。小さな命の輝きが仙一を包み込む。愛おしさとともに、新たな熱い思いが仙一の胸に湧き上がって来た。

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