私が子供の頃は、秋の収穫が終わり冬を迎える頃になると稲ワラを使っていろいろな物を作っていました。その代表的な物が「荒縄(あらなわ)」です。今日のようにロープや紐は貴重品でしたので、稲ワラでロープや紐を作っていました。それが「荒縄」です。太さはいろいろありました。子供でしたので、細いワラ縄を編まされました。
ワラで作った敷物のムシロ(今で言うところのカーペット)や蓑(雨をしのぐカッパ)なども編んでいたと記憶しています。
こうしたワラの工芸品は主に年寄りの仕事でした。私は、祖父母たちが懸命にワラ製品を作る姿をそばで見ていました。中でも、私の記憶に残っているのは「猫の家」です。ワラで作った猫のためのマイホームと言ったところです。もともと。御飯のおひつを保温するためのものを、猫用に改造したように思われます。
先日、たまたま「猫の家」を見かけ、とても懐かしく子供の頃を思い出しました。
いつも家には写真の様なヨモギ猫がいましたので、まるで子供の頃にタイムスリップしたようでした。
12月に入ってもなかなか雪が降らず、「今年の冬は寒さが厳しく、積雪も多い」という長期予報がハズレなのかなと思っていた矢先に、初雪を迎えました。
雪が降るのと、時を同じくするように今年も田んぼに沢山の白鳥たちがやって来ました。その数100羽以上でしょう。
「クワァ~、くわぁ~」と鳴きながら、しきりに田んぼに首を突っ込みながら水草を食べています。
こうして沢山の白鳥たちがやって来てくれるのも、田んぼやその周りが良い環境になったおかげだと思います。正しく私たちが目指す「地球は未来の子供たちからの預かりもの。だから、きちんと未来にお返しする」という使命が、少しずつでも実現できているのだと嬉しく思います。
立冬も過ぎ、師走も上旬を過ぎていよいよ慌ただしくなってきましたね。とはいえ、いつもの年よりも冬の訪れが遅いように感じられます。例年ですと、今頃までには一度は田んぼが真っ白になるくらいに雪が降るのですが、今年はまだです。田んぼは未だに晩秋の風景を留めたままといったところです。
そんな、師走の風景の中で非常に変わったススキを見つけたました。普段目にするススキと違って、ススキの穂の部分が異常に大きく、ふさふさしているのです。それはそれで、とても綺麗でした。
調べますと、どうもこれはススキではなくて「パンパスグラス」と言われる外来種とのこと。イネ科 コルタデリア属の多年草の植物で、和名はシロガネヨシです。 原産地はブラジル、アルゼンチン、チリなどの南米大陸の草原(パンパス)です。
別名、「お化けススキ」と呼ばれているくらいですから、ススキと間違うのも仕方のないことのようです。
遅かった紅葉も、このところの冷え込みで一気に秋が深まり、里山が美しい紅葉の絨毯になっています。近所のお宅の紅葉も、見事に色づいています。
生け垣の紅葉と、もみじの紅葉、松の緑のコントラストがとても鮮やかです。
そんな中、越前和紙の神様をお祀りしてある「岡本神社」の銀杏もとても綺麗です。

全国唯一の紙祖神を祭る岡太神社・大瀧神社
樹齢の大きな杉が立ち並び、非常に厳格な雰囲気のこの神社には、この里に紙漉きの技を伝えたとされる「紙祖神」である川上御前が全国で唯一の紙祖神として祀られています。
また神体山である権現山の頂上にある奥の院と、その麓に建つ里宮からなっています。
奥の院には紙祖神岡太神社と大滝神社の両本殿が並ぴ建ち、里宮はこれを併せて祀っています。里宮は、江戸時代後期の社殿建築の粋を集めて再建されたもので、昭和59年国の重要文化財に指定されました。
高級手すき和紙の産地として和紙業者が軒を並べる五箇(ごか)地区では、全国で唯一の紙祖神を祀る紙祖神岡太神社と大滝神社を中心に、今も昔ながらのたたずまいを見せています。
春と秋には岡本神社の祭礼が行われ、春の祭礼は別名「紙の祭り」ともいわれ、御神体をのせた神輿が五箇の街中を練り歩きます。
減反政策(国が田んぼにお米を作らない様に指導する政策)にのっとり、日本中の田んぼで減反が行われています。マイセンでは主に「そば」や「米粉様のお米」、「飼料用のお米」を生産させていただいております。その他、当地福井で多いのは、大麦です。
ところが、なかなか採算が取れない作物が多く、かろうじてお国からいただく多少の補助金だけが生命線と言ったところが実情です。
ならば、いっそのこと農作物ではなく村おこしや地域興しのため、地域の美観・景観保持のためにとヒマワリやコスモスを植えるところもあります。
近くにありますコスモス畑は10ヘクタール(3万坪、東京ドーム2.5個分)の面積に何と「10億本」のコスモスが植えられています。その景色は壮観です。
写真の通り、見渡す限りコスモス、コスモス、コスモスです。
中には世界中のコスモスの品種が育ててありました。
中央の広場には売店が軒を連ねてちょっとしたお祭り気分で、沢山の家族連れで賑わっていました。中には観光バスでやってくる人たちもいました。
今年は柿が豊作のようで、どこの家の柿の木にもたわわに柿が実っています。
この柿の実は全部取ってしまうのではなくて、ひとつだけ残すという風習があります。これを地方によっては「布施柿」とも呼んでいます。
布施柿というのは、木になった柿の実を全部取ってしまわずに、いくらかは残しておいて、鳥たちへの「お布施」のようなものにしている柿のことです。鳥たちのことを考えて柿を残しておくというのは、考えてみたら、すごい発想です。
私の家の庭にも柿の木があり、同じように柿を少しだけ残しておきます。この布施柿という言葉のすごいところは「自分の周りには他の生き物が居るんだぞ」ということをさりげなく教えてくれているところでしょう。
秋の稲刈りの後、刈り残した穂も鳥が食べるかもしれないと思って、無理に全部拾わなくて少しは残しておきます。
「残す」というのは、微妙な心構えだと思います。あげるとか、めぐむとかいうのではなく、そんな恩着せがましさや、やってあげているというものではなく、ただ残しておこうとする心の動きです。それは、ものを残すということだけはなくて、人間の心に中に、他の生き物のことを思うゆとりを残しておくという意味でもあるような気がします。
今、田んぼではそばの花が満開です。以前のブログでもご紹介したとおり、そばの花といえば普通は白色です。ところが、赤い花を咲かすそばの品種があると聞いて、栽培している農家さんを訪ねてきました。
見事に一面が淡いピンク色で、とても綺麗です。
そばの原産地は中国の奥地雲南省からヒマラヤにかけてと言われており、そこでは、ピンクや赤色のそばが普通にあるそうです。赤そばは、ヒマラヤの標高3800メートルの場所から持ち帰って品種改良し、「高嶺ルビー」と名付けられたとのこと。
味は、普通のソバとかなり違い、少し癖があるそうです。コシが強く、ゆでてすぐ食べないとソバがくっつきやすいようです。なんとなく、マイセンの玄米うどんみたいです。
赤そばは、美しい花を見て楽しんだ後、収穫して美味しくいただける一石二鳥の農作物ですね。
毎年11月の皇室行事・新嘗(にいなめ)祭で使われる県産コシヒカリを収穫する「抜穂(ぬきほ)式」が先日、知り合いの田んぼでありました。
福井県産米の献穀は、県内14ブロックに分けて毎年交代で実施しています。117回目の今年は、永平寺町に決まり、6月から作付けしてきました。
抜穂式は県やJAなどが主催し、関係者ら約75人が参加したとのこと。神事では、同町の春日神社の豊島稜威夫(いつお)宮司が祝詞を奏上。厳かな雰囲気の中、関係者らが、黄金色に染まった田から稲を刈り取り、木箱に納めていました。
JAの担当者によると、今年の稲は八月の日照が良く、台風の影響も受けなかったことから豊作とと話していました。刈り取った稲は、精米して10月下旬に納められます。
ただ今。秋の稲刈りの真っ最中です。大型の台風12号が接近しているので雨がひどくなる前に大慌てで刈り取りをしています。あまりにも激しい雨風にさらされると、稲がぺしゃんこにつぶれて、お米の品質は悪くなるし、最悪刈り取り作業もままならなくなる場合もあるからです。
写真の様に、日本でも最大級の大型刈り取り機械(通称コンバイン)を2台同時に動かしての作業です。
1台の機械で、一度に1メートル80センチの幅(6列)を刈り取ってゆきますので2台が動けば3メートル60センチを刈り取ってゆきます。しかも、早足なので、人間がジョギングする位のスピードです。あっという間に、3000坪の田んぼも刈り取ってゆきます。
昔ならば、家族総出で、4日かかってでもでも刈り取りできなかった面積です。まさに、コンバイン様様です。
台風6号は各地に大雨を降らせて去ってゆきましたが、北陸地方はフェーン現象で熱風が吹き荒れました。幸い、マイセンのある鯖江はそれほどでもありませんでしたが、お隣の金沢などは36度近くの猛暑日が続いたようです。
そんな中、4月中に植えた稲は立派な稲穂を出してただいま「稲の花盛り」です。稲の花は、小さな小さな白い花で、晴れた日の午前9時頃から午後3時までの間の約2時間程開いています。
風に揺られて、おしべから花粉が飛んで同じ花の中のめしべにくっついて自家受粉します。稲の花はとてもデリケートなので、花が咲いている時間帯には決して田んぼの中には入りません。
一斉に稲穂が出そろった田んぼは見ていてもすがすがしく感じます。

これから、ゆっくり風に揺られながら稲穂の中身が実って行き、それと同時に頭を垂れて、色づいてゆきます。
マイセンの田んぼでは、積極的に光合成細菌(通称、赤菌)を投入しているのは以前にも申し上げたとおりです。このところの気温の急上昇を受けて、田んぼでも「ガスわき」が発生しています。「ガスわき」とは田んぼの土の中にすき込まれた稲株や稲わらが、土の中で分解発酵する課程で、硫化水素ガスやメタンガスを発生させるのです。このガスがくせ者で、稲の根っこを痛めつけて稲の体を弱めてしまします。
一般的にはこの時期に、いったん田んぼの水を落として、田んぼを干し上げ、通称「ガス抜き」をします。
しかし、これをやると稲の根っこの性質が「水」の根っこから「畑」の根っこに変わってしまいます。
水田という言葉の通り、私たちは水稲を育てているのであり、畑の稲を育てているわけではないので、マイセンでは水を落として、田んぼを畑状にすることはありません。
では、そのガスはどうするのかと言えば、この光合成細菌が食べてくれるのです。彼らは硫化水素が大好き。だから、ガスわきの激しい田んぼでは、田んぼの水が真っ赤になる程に赤菌が繁殖しています。
赤く見えるのが、光合成細菌(通称 赤菌)です。
ぶくぶくと泡ブクが湧いているのがご覧いただけると思います。これらの泡をどんどん食べてくれるのです。
毎年5月の連休明けの頃になると、遠方より田んぼの稲たちの友達である、ツバメがマイセンに巣作りにやってきます。例年でも、他のところのツバメたちに比べれば、ずいぶん遅い巣作りなのですが、今年は今頃になってようやくツバメの夫婦がやってきました。1ヶ月以上遅い訪問です。
人の出入りの激しい玄関先ですので、怖がってすぐに飛び立ってしまうのですが、二,三日前から割とどっしり構えて、飛び立ってもすぐに戻ってくるところを見ると、いよいよ卵を産んだのかと思い、そっと親鳥のいない間に鏡でのぞき込むと、何と3個の卵があるではありませんか!!
すぐに出入り口のドアには
「ツバメの巣があります。そっとそっと静かに出入りして下さい」と注意書きを張り出して、会社を訪問される皆さんに注意を促しました。

人の出入りが激しく、落ち着かないことと、カラスの意地悪にあったりしてなかなか子供が生まれて巣立つことは少ないのですが、今年こそは無事に育ってほしいと例年にもまして思います。
私は、別の勝手口から出入りして、他のメンバーや業者さんにも協力をお願いしています。
一方、田んぼに目をやると、シラサギやゴイサギはいつも通りたくさんやってきているのですが、今年はそれらのサギたちに混じって、アオサギがなぜかたくさんやってきています。

こうして、田んぼは鳥たちでとても賑やかです。
先日訪問させていただいた、津波の被害を受けた仙台の農家さんのところでいよいよ田植えが始まりました。台風2号崩れの温帯性低気圧がもたらした土砂降りの雨を利用して、田んぼに水を引き込む必要がなくなり、思う存分田んぼの代掻き(田植えの準備のために土をトロトロにする作業)ができたとのことです。
そして、いよいよマイセンが育てた光合成細菌の出番です。津波直後、土の塩分濃度は基準値の10倍以上あったようですが、鈴木さんが何度か注水と耕運を田んぼで繰り返したお陰で2,3倍程度まで塩分は下がりました。それでも、そんな土に田植えをすれば2,3日で苗は枯れ上がってしまします。
まず、田植え前にマイセン光合成細菌を投入し、田植え後にも同様に投入して頂く手順で田んぼの浄化に努めました。果たしてその結果は・・・・・
今のところ苗も枯れることなく、元気です。そして、田んぼには、光合成細菌が繁殖して水の表面も赤くなっているようです。
赤く見えるのが光合成細菌です。
今年もマイセンの会員企業様が田植え研修にお越しになりました。この企業様は新入社員さんの社内研修の一環として、毎年春と秋にお見えになります。今年で8回目を迎えました。初日は、生憎の小雨模様でしたが、皆さんの熱い思いで雨も吹き飛ばしそうな勢いでした。
マイセンからは、昨年秋に入社したばかしで、広島生まれの東京育ちの谷川女史が参加しました。本人たっての希望で、新入社員さんに混じって、一生懸命田植えをしてくれました。
みんなの感想は「腰が痛い」と「足が震える」といったものです。少し肌寒い日でしたが、以外と田んぼの土はこのところ続いた晴天のおかげで温かだったようです。
風邪を引かないか心配でしたが、どなたも体調を崩すことなく、翌日も元気に研修に参加して下さいました。
最初は木枠を田んぼに転がして、苗を植える位置を決めるために印をつけてゆきます。

写真の彼は、大きな体で懸命に木枠を転がしてくれました。相撲部屋からもスカウトが来た程の体格で、体重は何と140㎏だとか!!木枠が小さく見えます。初めてにしては、上手でした。
四角のマス目の印が田んぼの土に出来ているので、マス目にあわせて苗を2,3本ずつ丁寧に植えてゆきます。一日中、中腰の姿勢なので足腰に負担がかかります。
子供の頃は、最も辛い農作業でした。今は、田植機という奇跡的な機械が発明されて、極楽です。
昨日、仙台に行ってきました。約20年来の友人である食品会社社長、菊池さんの工場が仙台空港の近所にあり、今回の地震で大きな被害を受けました。しかし、彼の不屈の精神で地震後2ヶ月で工場の完全復旧と全面稼働にこぎ着けたのでした。今回ほど、日頃の人の行いが全てに現れると言うことを、まざまざと見せつけららたことはありませんでした。
といいますのも、彼の会社のある場所は工業団地であり、団地一帯が壊滅的な大被害を受けたにもかかわらず、彼の工場だけはある意味、周りから比べれば軽微な被害だったのです。これは奇跡としか言いようがありません。日頃、菊池社長が損得抜きで人のために尽くしている姿を拝見していたので、きっと神様が守ってくれたのだと思わざるを得ませんでした。
さて、その工場被災のお見舞いと、再開のお祝いを兼ねて仙台入りしたわけですが、菊池社長さんの紹介で地元新聞「河北新報」の記者、梅木さんとお会いしました。その梅木さんの紹介で津波の被害を受けた農家さんを訪問することも今回の目的の一つでした。津波で塩水の被害を受けた田んぼを一生懸命復元しようとする鈴木さんという農家さんを、梅木さんが、先日取材し記事にしたのがきっかけです。
マイセンが培養して、使用している「光合成細菌」が必ず役立つはずだと思っているので、何とか塩水の被害で困っている農家さんのお役に立てないかと思ったからです。
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左から 菊池社長、鈴木さん、私(牧野)
今年は、3月下旬にも雪がちらつくという異常な年で、春の訪れが非常に遅く感じられます。我が家の日当たりの良くない北側には、つい先日まで雪の残骸がありました。それでも、やはり春は来てくれています。
雪が消えた頃を見計らうように、アジサイの木から新芽が吹き出し、小さな葉っぱを付けてくれています。
冬には、全ての葉っぱを落として、枝だけになっていたのですが、こうして木々は生まれ変わってゆくのですね。
これから30年後の歴史の教科書には、日本は2011年の大震災を機に、素晴らしい国に変化していったと書かれるように、私たち一人一人がこれまでのエゴをリセットして、このアジサイのように新芽を出してゆきたいものです。
最近「ミネラル」という単語をよく見かけますよね。ミネラルバランス飲料、海のミネラル入り、ミネラル補助食品とかいった類のものです。
ミネラルとは微量元素のことで、マグネシュウムとか鉄などが代表的なものです。人間にとってミネラルは非常に大切で、体内の酵素の働きを助けたり、感情コントロールをしたりしています。
日本の栄養学では、やたらと三大栄養素(タンパク、デンプン、脂肪)を重要視して、ミネラルはほとんど無視されてきています。
このミネラルは、人間の体内では作られないので、食べ物から摂取することでしか補うことが出来ません。TVの番組などで、一種類の食べ物やミネラルだけを取り上げて、これが体にいいとやたらと誇大に吹聴しているのを見かけますが、大切なのはバランスです。「過ぎたるはおよばざるが如し」
健康食品や飲料などで、こうしたミネラルを摂取しても、実を言うとあまり体には吸収されません。ミネラルは、ある意味では非常に吸収されにくいのです。高額なもののわりには、体に効果がないということもありえるのです。
では、どうしたらいいのでしょうか?それは、野菜や穀物から取るのが一番いいのです。ところが、その肝心の野菜や穀物が、化学肥料でブクブクとただ太らされて格好ばかりになってしまい、ミネラルが少ないという現実があるのです。
だから、味にコクがありません。私の子供の頃は、ポパイがほうれん草を食べると元気が出るところを漫画で見ていましたが、いまポパイがほうれん草を食べても、パワー不足になるかもしれませんね。ほうれん草などは、ミネラルが少なくなっている野菜の代表格です。
マイセンではミネラル豊富な食べ物こそが、真の食べ物であるという考えに立って、農業を営んでいます。そして、その秘密は「土」にあるのです。
「キレル」子供たちが多くなったといわれて久しいですが、最近では大人までもがすぐにキレやすく、平気で他人を傷つけたり、我が子までもをも殺したりするという耳を疑うようなニュースに心を痛めております。
その原因の一つが「食事」にあるといわれています。ジャンクフードは言うに及ばず、ミネラルのない形ばかりの野菜や穀物。結果、感情がコントロールできなくなっているせいであるといわれているのです。私たち農家の目指すべきものは、ミネラル豊富な穀物や野菜を育てることにあると思います。
そこで重要になってくるのが、土です。よく農業の専門家は「土作り」が基本であるといいます。私が、脱サラで農業を始めたときも、この言葉を散々聞かされました。
でも、「その土作りってなんですか?」と、聞いても難しい専門用語を言うばかりで、私にはよく理解できないものばかりで、なんか違うな、と感じたのです。
しかし、私なりに研究してたどり着いたのが、「ミネラルをたっぷり含んでいる土」が結果、お米や野菜を元気に育て、それを食べる人の体にも良いということです。
「土」イコール「ミネラル」でなければなりません。そのためには、土の中に微生物が沢山いて、彼らがミネラルを作り出してくれる環境を整える必要があります。
微生物の餌が、良質の有機質堆肥となるわけです。私の農業は、有機農業ではなく、ミネラル農業です。その手段として、有機農業が必要となるというわけです。
10月に入りましたが、まだ田んぼには晩稲(おくて)の稲が残っています。このお米は主に飼料用米として地元の養鶏業者さんに引き取られます。つまり、ニワトリさんたちのエサになるわけです。これは、国の減反政策(お米を作らせず、生産量を調整する国の方針)の一環としてマイセンも協力しているわけです。
ここで面白いのは、ニワトリはモミガラも一緒に食べるので、万が一農薬がかかっているとニワトリが病気なってしまします。ですから、マイセンのような安全な米作りをしている農家にエサ作りを依頼してくるわけです。ですから、行政や農協側も隣から農薬が飛んでこないように周りの農家にも協力を呼びかけ、厳重な監視体制が布かれているのです。それは、人間の主食用以上に厳しいものです。
これまでは、私たちの方が行政や農協に、どうか農薬の散布を止めるようにお願いしてもなかなか聞き入れてもらえず、挙句の果てには「田んぼ持って出てゆけ」ともまで罵声を浴びせられたのとは雲泥の差です。 こうした面からも時代の流れを感じるものです。
昨日は、地元の氏神様である日吉神社の祭礼でした。「田の神様」のお祭りで、各農家では「ぼた餅」や「ちらし寿司」を作って神棚に飾り、秋の収穫に対して感謝します。
a href="http://www.flickr.com/photos/maisen/5042635841/" title="P1000559 by maisen1001, on Flickr">
このところ続いた雨が、秋の空気を運んできてくれてすっかり涼しくなりましたね。特に、朝方などはヒンヤリして、田んぼには霧がかかり、何とも言えず幻想的な風情を醸し出しています。
そんな秋の空の下、赤とんぼたちがたくさん田んぼで遊んでします。夏の赤とんぼ「ナツアカネ」と違い、秋の赤とんぼ「アキアカネ」は体の色が文字通り真っ赤です。その、、アキアカネの大群がマイセンの田んぼの上を飛び回っています。
アキアカネは、暑さに弱く気温30度以上になると生きてゆけません。ですから、夏は高地で過ごし秋になると平地に降りてきて、田んぼなどに顔を見せてくれるのです。
うまく写真を撮れませんが、アキアカネの大群です。

空中に何やら光って見えるものが全部赤とんぼです。
連日暑い日が続いていますが、快晴続きなので秋の収穫作業も順調に進んでいます。早生品種の刈り取りはほぼ終わり、いよいよメインの「コシヒカリ」の刈入れです。

日本で最大級の大型コンバインです。中はちゃんとクーラーが効いていますから、暑い日度も快適です。


この大型機械が、同時に2台田んぼに入ってみるみる刈り取りしてゆきます。昔なら1日でも終わらなかった大きな田んぼも、1時間ほどで刈り取りしてしまいます。

コンバインで収穫されたモミは、今度はダンプに積み替えて、乾燥施設に運ばれてゆきます。この長い煙突のようなパイプを通して、コンバインからダンプにモミが運ばれてゆくのです。
刈り取りしたばかりのモミは水分が高くしかも様々な菌が多いので、すぐに乾燥を始めないと「発酵」が始まってしまいます。だから、小さなコンバインでだらだらと収穫し、いつまでも田んぼにモミが置いてると、とたんにお米は劣化して美味しくなくなってしまうのです。刈入れ作業はスピードが大切です。
連日猛暑が続き、蝉の声がやむことがありません。朝から雲ひとつない青空が広がり、日の出の頃は少しだけ空気がひんやりしていて、静寂さとともに肌に心地よさを感じます。
そのころ田んぼでは、朝露を結んだ稲の葉っぱと顔を出し終えた稲穂たちが朝日に輝き始めます。まだ、この時間帯では稲の花は咲いていませんが午前10時ころから白く小さな花たちが咲き始めます。
稲の穂は、最初あわてものの稲穂たちがぽつぽつと顔を出し始めたかと思うと、1週間もしないうちに一斉に穂を出し、田んぼ一面が稲穂で覆い尽くされます。その変身ぶりは見事しか言いようがありません。
日本人が桜を好きな理由の一つは、この稲の穂のように短期間にいっせいに花が咲き誇ることだと思うのです。
ゲリラ豪雨が全国各地に深い爪痕を残しましたが、被害に遭われた地域の方々には心よりお見舞い申し上げます。福井県も平成16年に7月18日に豪雨に見舞われ、地域全体が水没した経験があるだけに、その恐怖は未だに忘れていはいません。
さて、この時期になるとそろそろ稲穂が顔を出し始めます。稲穂はまず稲の茎の中で、幼穂(ようすい)といういわば稲の赤ちゃんを育てます。
写真のように本当1~2mm程度の小さな小さなとがった白い部分が幼穂なのです。この赤ちゃんをゆっくり茎の中で育ててゆくと、おコメ粒の形をつけた稲穂の原型が出来てきます。
写真では分かりづらいかもしれませんが、この白く細長い部分にびっしりと米粒が付いた稲穂の原型が詰め込まれているのです。それが大きくなって、茎の先端から稲穂の顔を出してくれるのです。
中国の美味しいお米の産地と知られる盤山県。その盤山県から農業指導を依頼されていることは、以前のブログでも述べた通りです。その盤山県からわざわざ中国でも最高級といわれるお米が届けられました。エージェントがわざわざ日本に持ってきてくれたのです。
現地価格でも、1キロ当たり1000円という非常に高価なお米です。この写真の通り、筒型の缶詰に入っています。
そのお米の肝心の味ですが・・・・・マイセンのコシヒカリと炊き比べをしてみました。
10人による官能テストです。(実際に米を食べてもらい、基準となるお米と評価ポイントを比べるという方法でテストしました)
炊き上がりの外観、香り、粘り、味、柔らかさを-5~+5点という点数を各人に付けてもらいます。その結果は、残念ながら盤山県の中国米は全ての比較項目において大幅にマイセンのお米に比べて劣っていました。平均で-2.8という結果でした。これだけの大差は、日本米同志ではあまり例のないことでした。
田んぼは水田ですから、当然いろいろな水草が生えてきます。それを、通常は「雑草」というのですが、良く見てみるとお家へ持って帰って観賞できるものも沢山あります。
その代表格が、「ホテイアオイ」です。ホテイアオイは漢字で布袋葵とかきます。浮水植物で淡紫色の花が咲きます。丸くふくらんだ葉柄がほてい様のおなかに似ているのでホテイアオイの名がついたそうです。
ホテイアオイはホテイソウともいいます。ホテイソウの丸い袋は空気をためて浮く役目をしています。ホテイソウの増え方は苺みたいにランナーでふえる方法と種で増える方法があります。ランナーで増えるのは浮き草とおなじ増やし方です。
ホテイソウの花は朝早く咲きます。淡紫色の花を咲かせ1日で枯れてしまうのです。枯れた花は水面に没してしまいます。枯れた花から水中で種できて、種が熟して水の底に落ちて翌年の春に芽生えます。
田んぼの水草の中で、一番多いものの一つがセリでしょう。湿地に生える高さ20~50cmの多年草。7~8月ころ、茎のさきに枝をだし、白色の小さな花をたくさんつけます。群生している様子が競り合っているように見えるからこの名がつきました。
食用ですがよく似た毒草でドクせりがあるので注意が必要です。湧き水が出るところや綺麗な水辺に生息しています。セリは鉢植えで冬場は枯れたようになりますが、寒さに強いので越冬できます。ただし根まで凍ってしまうことのないように!
春には芽を出してくれますので、肥料を与えればどんどん大きくなります。冬場も水を切らさないように育ててください。
さし芽でも増えますのでふえたら鉢植えにして、さらにたくさん増えたらぜひ食草にすることをオススメします!湯がいておひたしにして醤油をかけて召し上がり下さい!
日がとっぷり暮れた、真っ暗な田んぼ道を歩いていると、ポーッ、ポーッ、ポーッと何やら光るものを発見!
そう、ホタルです。今年も出てきてくれました。例年よりも数が多いように思います。春から低温の日が続いていたので、今年は出てきてくれるのかなぁと思っていた矢先のことだったので、とても嬉しかった。
ホタルはうまく写真に収めることが出来ないのですが・・・

沢山の光が乱舞しています。車のウインカーランプや懐中電灯の光をつけたり消したりすると、ホタルたちが集まってきます。
一時期はだいぶ少なくなったホタルの数も、毎年増えてきているように思います。
よくホタルの里を復活させるために、わざわざホタルの幼虫を放出して人工的にホタルを増やす話は聞きますが、マイセンの田んぼのホタルは全く自然のままで、人の手を加えてホタルを増やしたものではありませんから、それだけ環境も良くなっているのだろうと思います。
子供達に空いっぱいに広がる星のような数のホタルを一度見せてやったことがあり、家族でいつまでも眺めていた、あのころを思い出しました。
今週は、東京から6名の皆さんが田植え体験にお越しになりました。私どものお米をお店でご利用いただいている飲食店の皆さま方です。もちろん田植えは初めての経験。
はじめはおそるおそる田んぼの泥の中に足を入れていましたが、すぐに慣れてどんどん進んでゆきました。

先週までは肌寒い曇天模様が続いていたのですが、この日は快晴で気温も上がり絶好の田植え日和でした。水面に反射する太陽の光で、仕事柄普段は屋内で過ごすことの多い皆さんは日焼けして赤い顔になっていました。
慣れない姿勢を続けたせいで、皆口をそろえて、足と腰が痛いと言っていました。それでも、いつも扱っているお米のありがたさを再認識して、とても嬉しかったとの言葉をいただきました。そして、出来れば秋の稲刈りにもやって来たいと。
5月も下旬に入り、昨年秋に播いた麦が黄金色に色づき始めました。麦秋(ばくしゅう)です。ですから田んぼには植えたばかりの稲の苗が緑緑しているかと思えば、その隣は麦が黄色くなっているという、一見アンバランスな色模様になっています。
それでも、やはり実りの時はいいものです。写真は大麦です。6月の梅雨入り前に収穫が出来るようにと、大麦を栽培しています。本当は、日本古来の小麦の種を絶やさぬようにとの亡き師匠からの遺言を守りぬきたいと思っているのですが、どうしても小麦の収穫時期が梅雨と重なり、思うように収量が上がらず悩んでいます。
今、日本で栽培されている小麦は、日本古来の種ではありません。動物などで絶滅危惧種が騒がれていますが、実は植物の世界にも同様なことが言えるのです。品種改良が進み、栄養価はないけれども見栄えが良くて、日持ちするような野菜が多くなり、昔から伝わる日本特有の野菜などが消えていっているのです。
小麦などは、敗戦時にむしろ故意に持ち去られ、アメリカの食糧戦略のために消えていったという経緯もあります。私の有機栽培の師匠がそのことをとても気にしていました。なんとか、その遺志を継ぎたいと思っています。
ただいま田植えの真っ只中です。以前にも申し上げましたが、マイセンの田植えは、一カ所に植える苗の本数は出来るだけ少なくして(通常5~10本のところをせいぜい2~4本です)、しかも植えるか所の間隔を出来るだけ広く取るという方法を採用しています。つまり、苗が成長できる空間を出来るだけく取ってあげることで、のびのびと大きくなれるということです。その結果、病気も強い丈夫な稲になるということです。
そのために、マイセンの田んぼは田植えの後も田んぼに苗が植えてあるのか、ないのか良く見ないと分からないくらいです。
そして、田植え後に水を張った田んぼは、カモたちの絶好の遊び場になってしまうのです。マイセンの田んぼには普通に見られる野生のカモたちが泳ぎ回っている光景。
小さい苗たちをなぎ倒してしまうので、ちょっと困りものですがこれも自然のことなので仕方ありませんね。
カモによっては田んぼの中に、大胆にも巣をつくってしまう輩も現れてきます。
こうなると、もう自由にして下さいという感じですね。
昨日(1月15日)は小正月でしたが、久しぶりの大雪に見舞われ除雪作業に余念のない一日でした。
そんな中、小正月行事として大切な「どんど焼き」が行われました。最近は、日曜日に合わせるところも多く、先週の日曜(10日)もしくは明日の日曜(17日)に行う地区もあります。
どんど焼きは「正月飾り」を燃やすという行為から、歳神様を空に送る、つまり神火をもって「正月の神様」を送るというものです。どんど焼きは、夏の盆行事と同様に「送り火」の性格を持っているようです。
その飾りの仕方は様々で、地区地区によって異なります。大体、青竹、藁(わら)、杉、檜の枝などで作った小屋ややぐらを作り、正月飾り、書き初めを一緒に燃やし、繭玉だんご、 あるいは餅を焼いて食べるといった形式が一般的なようです。
近所の、どんど焼きのやぐらの形式を3つほどご紹介します。
格調高い様式もあれば、万国旗まで飾りまさしくお祭りの様相のものもあります。
初冬の冷え込んだ快晴の夜明けは、昨晩からの放射冷却現象で非常に気温が下がり、田んぼの水蒸気が濃い霧となってあたり一面を覆い尽くします。ひどい時には1メートル先も分からないほどに霧が立ち込めます。
そんな中、東の空にかすかな光が生じて、やがてだんだんと明るさが増し、日が昇ってくる様は非常に幻想的です。思わず、手を合わせたくなる田舎の田園の日の出です。

昔、明治時代にかのラフカディオ・ハーン(和名 小泉八雲)が日本中を旅した時、出雲の国での出来事。夜明け前に、農村部を散策した時、すでに農民たちが田畑に出て農作業に精を出していた勤勉さに驚いています。もっと、ハーンを驚かせた光景が次の瞬間に起こります。それは、太陽が昇ると一斉に農民たちは農作業の手を止め、日の出に向かって手を合わせて拝んだというのです。あまりにも敬虔で厳かな風景に、カーンは深い感銘を受けるとともに、この東洋の外れの国、日本がいずれは世界の大国になるだろうと確信したということを日記に綴っています。
私の中にも、そうした日本の農民のDNAが確実に残っているからこそ、日の出に対してひときわ畏敬の念を感じるのでしょう。

もう秋の刈入れもすっかり終わりましたが、先日マイセンの地主(田んぼを貸して下さる農家)さんのお一人から、こんなお言葉をいただきました。
その方には、刈り取った後の稲ワラをコンバインで裁断せずに、そのまま残してほしいとのご依頼を受けて、ワラをとっておいたのでした。農家の方は、そのワラを翌年の畑に敷き詰めるために利用します。
その方いわく「いや~あんまりワラが立派なんでびっくりした!!一本一本がとても太くて頑丈そのものだ。自分が田んぼをしていた時には、こんな素晴らしい稲は作ったことがなかったよ!どうやったら、あんな稲が出来るんだ?それに、ひと株ひと株の本数を数えたら40本もあって、これまたびっくりした。自分は最高20本がせいぜいだったがね~。」
と、えらくほめられました。
その方は、かなりのご高齢で、頑固者で有名なおじいちゃんですので滅多に人をほめるのを聞いたことがありませんでしたので、こちらの方がびっくりです。
とても、几帳面なおじいちゃんで、田んぼのワラをきちんと束ねて、田んぼの中に干していました。

台風一過の金曜日(10月9日)から2泊3日で韓国ソウルに行ってきました。7,8年ぶりのことでした。新しい仁川空港には初めて降り立ちました。以前の金浦空港とは比べ物にならないくらい、立派になっていました。その分、ソウル市内からは随分離れてしまっていました。
以前のソウルも交通渋滞が激しかった記憶がありますが、今回はとてもひどい渋滞の連続で、大幅に予定も遅れてしまいました。
韓国の中でも、もっともお米の美味しいといわれる地区にも行ってきました。まだ、刈り取りは終わっていなくて、田んぼはこれから収穫を迎える稲が実っていました。私の見る限りでは、相当化学肥料が普及しているようで、稲自身がそのせいで弱っているように思えました。(これを、我々農家は「秋落ち」と言います)
日本のコンバインも普及しているようで、農家の庭先には出番を待っていました。
また、北朝鮮との境の38度線にも行ってきました。北朝鮮の田んぼも収穫を待つばかりの様子でした。イムジン河を隔てて、同じ民族が分断されている現実は、実に悲しい光景です。早く、本当の平和が来る日を願わずにはいられませんでした。

この大きな河(イムジン河)の対岸が北朝鮮です。人っ子一人、誰の姿も見えませんでした。
まだマイセンでは稲刈りが残っていますが、もう周りの田んぼはすっかり稲刈りが終わり、なんとなくさびしい感じがします。そのさみしくなった田園風景に、白くかわいい可憐な花で彩りをつけてくれるのが「そばの花」です。

空の澄み切った青さとそばの花の白色が絶妙にマッチしています。
こんなに可愛い花から、美味しいおそばの実が出来るんです。
実に、自然というのは不思議なことを平然とやってくれるものだと、つくずく感心させられます。新そばの収穫ももうすぐです。
その新そばで、農家だけが許されるそばの楽しみ方とは!!!
完全に、熟する前の少し緑色がかった若いそばの実をあえて収穫し、それでそばを打つのです。殻ごと挽かれたそば粉はほんのり緑色をしていて、うちあがったそばもやはり、少し緑色。鼻に抜けるような新そばの香りと、若いそばの味が絶妙です。
そば好きにはたまりません。
こんな記事を書いていたら、早く食べたくなってしまいました。
今年の春に、企業研修の一環として田植え体験にいらっしゃった皆さんが、今度は稲刈り研修にお見えになりました。
今度は、稲刈り用の鎌(かま)という刃物を使いますので、教える方も習う方も緊張が走ります。特に、稲刈り用の鎌は刃の形状がノコギリ状になっていて、万一これで手を切ろうものなら激痛が走ります。私の、左手小指にもノコギリ鎌の後がくっきり残っていて、その傷跡を見るたびに、あの痛みがよみがえるほどです。
鎌の使い方の後は、刈り取った稲を束にする方法です。今は、ほとんどコンバインというお米の収穫機械で刈り取るため、稲束を作ることは農家ですらほとんどありません。私も、年に数回するくらいです。
これがなかなか難しいのです。83歳になる私の母が講師となって、孫より年下の若者たちに手とり足とりの講義です。

見てみて、分かったつもりでも、自分で実際に束ねてみるとなかなかうまくいきません。
どうしても、初めのころは簡単にワラの束が崩れてしまします。

稲束を逆さにして、地面に立てかけ、乾燥します。
だんだんと、作業に慣れてきてお昼頃には、立派な稲束の列が並びました。

作業が進むにつれ
「腰が痛い!」とか「肌がチクチクする」と悲鳴が聞こえてきます。
それでも、最後まで額に汗して懸命に作業をこなしてゆきました。
春には幼さが残っていた彼、彼女らの顔もなんとなく頼もしく感じられました。
春と秋の研修を通じて、若者たちは食の大切さを実体験を通じて感じ取ってくれたようでした。
今年も、完全無農薬栽培にいくつかの田んぼで挑戦してみました。稲作の場合、完全無農薬栽培を実施するに当たり、一番大きな壁になるのが「草」の問題です。草の成長速度が、稲の苗の成長速度を上回り、はるかに速いスピードで大きくなってしまいます。そのため、なにもせずに田んぼを放っておくと、あっという間にただの草原に変わってしまうという、悲惨な結果が待ち受けているのです。いわば、農業は草との戦いとも言えるわけです。
そこで、除草剤というものが登場し、大幅に作業を低減してくれたわけです。
それでも、私たちはそれすらも使用せず、なおかつ、周りの田んぼにも影響されない、孤立した山間地のたった一つだけある田んぼを選んで完全無農薬にチャレンジしました。

夏の日照不足にも負けず、立派に実ってくれました。もうすぐ刈り取りです。
今、玄米はもちろん、雑穀米だとか古代米といった食事が見直されていますね。古代米は、一般に、生命カが極めて強く、荒れ地で無肥料・無農薬でも丈夫に育ち、干ばつ・冷水などにも強い性質を持ちます。ただ、米の性質にばらつきばあったり、栽培化された稲に比べて収量が少ない、稲の草丈が高く栽培しにくいなどの性格から、明治以降は、ほとんど生産されなくなってしまいました。
最近、古代米が白米に比べてタンパク質やビタミン、ミネラルを多く含むということがあきらかになり、健康食として話題を集めています。古代米には、黒米(紫米)、赤米、香米(緑米)などといったものがあります。
マイセンの近くの田んぼで、実験的に栽培されている黒米です。縦に、葉っぱが黒く見える稲が、黒米です。

古代米の多くは、もち米の一種で、そのままではボソボソとして、私たちが食べて「おいしい」と思う食べ物でないことが多いようです。また、紫米(黒米)などは、かなり強烈な黒紫色に炊き上がりますので、100%古代米だけのご飯を炊いて食べるのは、ちょっと・・・かもしれません。と、いうよりお茶碗半分も食べたら、胸やけがしそうな感じです。


赤米は赤飯のルーツ、黒米はおはぎ(ぼたもち)のルーツと言われています。基本的には同じ成分で構成されている赤米と黒米ですが大きく違うのはそれぞれの色素であるタンニンとアントシアニンです。健康ブームも相まって、村おこしなどで栽培する農家がまれにありますが、収穫の管理や手間が大変なことから、一般的には広がりを見せていません。
私も、以前、観賞用(生け花などにつかっていただく)に黒米の栽培を計画しましたが、採算割れで断念したことがあります。
今年の7月の平均日照時間は、平年の47%程度しかなかったとのこと。なんとか、今のところ平年並みの成長をしていますが、日照不足により植物の体が弱くなっているのは歪めません。
そこで、今年は緊急に自社培養の光合成細菌を田んぼに入れました。平年なら、田植え直後や6月ごろに田んぼに入れるだけですが、今年は投入量を1回分増やしました。
光合成細菌は、地球誕生後に最初に誕生した菌と言われ、その名の通り太陽の光を受けて栄養分を生産する微生物です。
田んぼに有益といわれる光合成細菌は、赤い色をしています。500種類くらいの光合成細菌のうち、20種類を同時に自社培養しています。
この菌を田んぼに入れると、土の中で栄養分を生産してくれます。その栄養を、無理なくイネは吸収して、丈夫な体や美味しいお米を作ってくれます。

今、田んぼでは「夏アカネ」が一杯飛び交っています。一見すると、いわゆる赤とんぼのようですが、赤アカネほど体の色は赤くなくて、黄色みがかっています。
田んぼは、夏アカネの誕生時期を迎え、田んぼに入ると沢山のトンボが一斉に飛び立ちます。びっくりするくらいの多さです。でも、夏アカネは、田んぼで生まれた後、すぐに山や林に行ってしまします。ですから、この夏アカネの群を見れるのも、ほんのしばらくの間だけです。
日本人は、どうして、何もいない空よりも赤トンボが群れ飛んでいる風景の方が気持ちいいのでしょうか。どうして、静かな夜よりも、カエルの鳴き声が天空に充ちる夏の夜の方が安心するのでしょうか。どうしてアスファルトの道よりも、野の花が咲き乱れる畦道の方が心が広がるのでしょうか。
ずっと昔から流れてきた時間の中で、くりかえし、くりかえして来たものが、私たちに何かが伝わって来るものがあります。それは、赤トンボを育て、カエルを守り、野の花をめでてきたものです。
自然を感じる力、自然とともに暮らす生活様式が、古代より遺伝子に組み込まれているからかもしれませんね。
この地、福井ではいまだに梅雨明けせず、曇天模様の日々が続いています。そんな中ですが、ちゃんとイネからは稲穂が顔をだしてきました。はじめは、先発隊(?)がぽつぽつと稲穂を出し始め、それから次々と1週間以内に一斉に稲穂が出てきます。まるで、皆が声を掛け合っているように一度に顔を出すのです。これも自然の神秘ですよね。
下の写真は、稲穂が出そろった田んぼです。

そして、稲穂の一つ一つをよーく見てみると・・・
かわいい、白い小さなイネの花が、もみの一つ一つに咲いているのです。
小さいながらも、ちゃんとおしべとめしべもあります。(花ですから当たり前といえば当たり前)午前9時ごろから午後3時までの間に、大体2時間ほどだけ花を咲かせています。風に揺られて、自家受粉します。この時期には、私たちは決して田んぼに入りません。イネの花を傷つけてしまうからです。

白く、見えるのが「お米の花」です。どうです、かわいいでしょう。
夏の夜明けは早くて早朝はとても気持ちがいいものです。田んぼの上を風がそよぎ、大きくなった稲の頭をなでてゆきます。
こんな空気が好きで、私は、いつも早く会社に行くのですが、先日会社の前の道路に何やら怪しげな足跡が点々とついているのです。
犬にしては大きいしなぁ・・・・
ひらめいたのは、イノシシです。
間違いないでしょう。ひづめらしきものの形もあります。
とうとう、こんなところにまで下りてきたのかと、驚きです。
昨年秋に、自宅近くの用水路の中を親子連れのイノシシを見ました。びっくりでした。特に、親子連れは危険なので、静かにしていました。
あれ以来、見たこともなかったので安心していたのですが・・・・・
イノシシが収穫前に田んぼに入ると、その田んぼのお米は売り物になりません。イノシシの匂いがお米に移って、食べられなくなってしまうのです。
山間地域では、田んぼや畑に電線を張り巡らせて、電流を流してイノシシ除けをしています。行き場のないイノシシが山をつたって、こんな平地にも出てきたのでしょうか?
麦が黄金色に染まり、一足早く秋を迎えました。福井県は、六条大麦の日本一の産地です。減反政策のひとつの作物として、20年以上前からつくられています。その麦が、刈り取りのシーズンを迎えました。

と、思ったらあっという間に刈り取りです。マイセンでは、今は麦は作っておりませんが、以前は作付していました。麦のワラは固くて、肌にほこりがつくと、とてもチクチクします。さらに特に蒸し暑い時期なので、汗と混じってとにかく不快の一言。そんな思い出がありますね。
もう、梅雨の雨が始まりますね。
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マイセンでは、野菜くずを利用してたい肥を作っています。スーパーなどで出る、野菜の生ゴミ(野菜だけに限っています)をいただいて、当社製作の「青い地球舟号」というたい肥化装置でたい肥にして仕上げています。
昨年、何気なく余ったそのたい肥を畑に捨てていたところから、何やら野菜の芽が出た来たのです。しばらくほっておくと、なんとそれらは見たこともないような太くて大きな、カボチャとトマトの苗に育っていたのです。あまりの大きさにびっくりです。
このたい肥は、野菜のミネラルがたくさん詰まっています。だから、生き残っていた種から、芽が出たんでしょうが・・・こんな苗は見たことがありません。野菜作り名人の83歳の私の母に見てもらったら、母もたまげていました。
恐るべし、青い地球舟号と種の生命力!!!
もう2回ほどの種まきは終わりました。種まきの前には、まず塩水選(えんすいせん)という方法で、種モミの選別を行います。昨年秋に収穫されたお米の中から、種としてふさわしいものを風力により選別して保管してあります。その種を、さらに塩水に入れて、比重選別をするのです。

かごに入っているのが種モミです。これを、比重1.3ほどの濃い塩水に入れます。
すると、比重の軽いもの(中身が充実していないもの)は浮かび上がってきます。これらのものは、種としてふさわしくないので取り除きます。何度もかき混ぜながら、念入りに軽い種を取り除きます。

底に沈んだ、中身がいっぱい詰まった種だけを水洗いした後に、下の写真のように網目の袋に入れます。

この袋に入った種は、選び抜かれたいわばお米のエリートです。今度は、30度くらいの保温室に移して、ちょっとだけ芽を出してもらいます。

こうして、種まきの準備が出来るのです。
昨日までの冷たい雨に変わり、今日は春到来の晴天。気持ちも良いです。
この春日和に、いよいよ春の農作業もスタートです。田んぼには、マイセンのトラクターエンジン音が響いています。
まずは、「あぜ塗り」です。「あぜ」とは、となりの田んぼとの境界であり、仕切りです。
あぜをしっかり作ることで、田んぼに水をためることが出来て、後々の農作業に大きな影響を与えます。
昔は、田んぼの泥を「くわ」でこねて、手作業で「あぜ」を作っていました。1本(約100メートル)を仕上げるのに、半日ほどかかったものです。
でも、今はトラクターで写真のように作ってゆきます。手で作るより、はるかに丈夫で太いあぜが出来ます。

ゆっくり、ゆっくりしたスピードですが、約1時間ほどで100メートルが完成します。

ずいぶんと楽になりました。
稲刈りの後の切り株から
もう一度緑の稲が顔を出し
小さな稲穂が実ります。
これを、稲の孫と書いて「稲孫(ひこばえ)」といいます。
稲の子供はいわゆるお米ですから
稲の孫とはうまいネーミングだと昔の人の奇知には脱帽です。
上部を刈り取られたものの
しっかり根っこは生きていますから
もう一度、もう一度がんばろうと
必死の力で背を伸ばす姿に
感動すら覚えます。
稲孫はまるで田植えの後のように
田んぼをもう一度、緑一色によみがえらせます。

でも、こうして緑に輝くのは
微生物自然農法で稲がしっかり生きているからこそ。
化学肥料や農薬で疲れきった田んぼの稲は
ここまで元気良く成長することはありません。
マイセンの田んぼの稲孫は、しっかりお米粒まで実らせています。

でも、もうすぐ霜が降りてきて
最後までお米になることはありません。
お米の生産調整のために国は減反政策をすすめています。早い話、田んぼでお米を作ってはいけませんということです。今年の減反割り当ては、31%ということでした。つまり、約3分の1の田んぼではお米が作れないのです。それじゃ、その田んぼをどうするの?となりますが、大体大麦を作ったり(これも供給オーバー気味)、その後にそばを作ったりしています。
でも、それらの作物では採算が取れないのも事実。うまくいってトントンです。そこでお国が、補助金と言うカードを切って、農家には何とか納得してもらうと言う仕組みです。
それでも、田んぼに何も作らずに「耕作放棄」されていく田んぼが増えています。こうした田んぼを、利用して、田園の美化に努めようということでコスモスが大々的に田んぼで育てられています。
今、コスモス畑(田んぼ?)は花盛り。とてもきれいです。
大人の背丈ほどに伸びているので、子供たちがかくれんぼをして遊んでいます。

マイセンの田んぼにはさまざまな生き物たちがやってきます。
特に、減反の田んぼは何も農作物を育てていませんので
ある意味、自然のままで、ひとつのパラダイスが出来上がっています。
ちなみに「減反(げんたん)」とは国の農業政策のひとつで
お米の生産高を調整するために、田んぼを半強制的にお米を作らせないことです。
食料自給率が叫ばれている中で、一見矛盾しているように思えますが
この辺の議論はあえて申し上げません。
ただ、生産者としては「むなしく、悲しい」の一言に尽きます。
さて、今回ご紹介するのは減反の田んぼで見つけた
「キジの親子」です。下の写真で、赤く見えるところがオスのキジの頭です。

キジはとても警戒心が強いので、うまく写真に収めることが難しかったのですが
親子仲良く5羽で田んぼで遊んでいました。
のどかな田んぼの一こまです。
お米にとって一番困るのは
「カメムシ」という虫の被害です。
近年、このカメムシの被害が多くなっています。
稲の穂が出て間もない柔らかいお米のエキスを
カメムシはストローのような口で吸いとるのです。
そのお米は、白いお米に黒い斑点ができ
品質が劣ってしまいます。
そのため稲穂が出た後に
殺虫剤を散布することを農協は指導しています。
もちろん、マイセンでは殺虫剤を使用しません。
その対策にはヨーロッパの有機農法の元祖
シュタイナー農法に従い
虫が来ないような方法をとっています。
最近は、安全なお米作りについてようやく集落の理解が高まり
農薬を使わないでおこうとする動きも見られるようになり
私たちも肩身の狭い思いをしなくて済むようになってきました。
そのひとつの動きが
においの強いハーブ(ペパーミントなど)を田んぼの周りに植えて
虫が嫌がってこないようにしようとする方法です。
これは、村をあげて行わないとなかなか効果がないので
皆が協力して行っています。

写真のように用水路のふちにペパーミントを植えています。
下の写真はペパーミントの拡大写真です。

ちなみにこの農道は「香りの道」と名づけられています。
今、早稲品種の刈り取り作業の真っ最中です。
今年は、お盆過ぎから急に涼しくなり
朝晩はとても過ごしやすくなりました。
また、雨も多くなってきました。
それも、土砂降りの雨が降ってくる。
さっきまで晴れていたと思ったら
急に雷が鳴り出しザーッと雨。
また、晴れ出す。
こんな具合です。
稲刈りに雨は大敵。
稲わらが濡れると、刈り取りできません。

写真のような大型機械を駆使します。
コンバインと呼ばれるお米の収穫機械です。
日本独特の機械構造になっています。
まず、前で稲ワラを刈り取り
その後、ワラとモミ(お米の部分)を分離して・・・・この作業を脱穀といいます
最後は、ワラを12センチに切り取り、田んぼに落とします。
この三つのことを同時進行で一つの機械の中でするという優れもの。

2台のコンバインが田んぼに入りますので
面白いぐらい早く稲刈りが進んで行きます。
一昨日のニュースで、北陸地方を豪雨が襲いお隣の石川県金沢市では
浅野川が氾濫して住宅地に被害が出た様子を放映していました。
当地の福井県では、4年前の集中豪雨で大きな被害が出ました。
当時の写真です。

(水に浸かった街中を避難する人たち)

(堤防決壊で道路は全て川となり、床上浸水)
今年の豪雨も早朝よりモーレツな勢いで降り始め、あの恐ろしい記憶がよぎりました。
幸い、雨も1時間ほどで止み、胸をなでおろした次第です。
多くの皆様より
「雨は大丈夫でしたか?」とか
「そちら福井はどんなご様子ですか?」
といったようなご心配のお言葉をいただきました。
本当にありがとうございます。
お蔭様で何事もなく、田んぼの稲たちも元気です。
今は、暑い日ざしも出てゆっくり稲穂が揺れています。
5月に植えた苗も
順調に成長してかなり大きくなりました。
その田んぼには様々な生き物がいます。
タニシもいっぱい出ました。
また、堆肥を施した田んぼには
水生の植物(藻)や浮き草が発生します。
これらの植物も
稲と共棲することで、夏の暑さから
稲の根や体を守ってくれているのです。
稲の周りにまとわりつくように見える緑色のものが
「藻(も)」です。
水の色がなんとなく赤っぽいのは
「光合成細菌」が繁殖しているためです。
この菌は、根っこの土の中で
有害なガスを食べて、酸素を吐き出すという
優れものです。
また、稲の栄養分やミナラスもたくさん生産してくれます。
おいしいお米 に育ってね。
今年も田んぼの水路にホタルが出ました。
例年より、少し早めの登場です。
しかも、数が多いです。
子供のころは星の数と同じくらい
沢山のホタルが飛び回って
童謡の歌の通り
「ホッ、ホッ、ホータル来い!
そっちの水は・・・」
と、ホタル採りに興じたものです。
でも、水路がコンクリートなり
ホタルの棲める環境が減って
しかも農薬や化学肥料の多用で
余計に環境が悪化し
エサになるカワニナもいなくなり
どんどんホタルが減ってきました。
でも、ようやく皆がその過ちに気付き
農薬も激減し、有機質の肥料に変わりました。
お陰で少ずつホタルも戻ってきたようです。
嬉しいですね。
ますますよくなる。おしいね、お米 。
今年の春も、マイセン・マイ倶楽部の企業会員様が「田植研修」にご来社くださいました。
この企業様は、飲食店を経営され、新入社員の方々の社員研修の一環として毎年「田植研修」を実施されています。今年で、五回目を数え約二十名の方が参加しました。
学校を卒業したての「いがぐり坊主頭」の子供たちにとって、田植は初めての経験です。
この日は、今にも雨が降り出しそうで、強風が吹き荒れるあいにくの天気。
ただでさえなれない田んぼの中で足元がおぼつかないのに、強い風にあおられてふらふらです。
まずは苗を植える位置決めをするために「田植わく」を田んぼに転がします。
四角形の木枠を組み合わせて六角柱にした「田植わく」を田んぼの面に転がすことにより、田んぼには見事に四角形のラインが浮かび上がって、縦横に直線が引かれる仕組みです。昔の人の素晴らしい知恵です。
この直線が交差する場所に苗を植えて行けば、真っ直ぐにしかも等間隔にキッチリと苗が並ぶというわけです。
この「田植わく」を上手に転がさないと、苗を植える位置がずれてしまいます。いわば、田植の基礎作業というべきものです。
昔は、この「わく転がし」作業はもっぱら男の仕事でした。体力と集中力が必要で、思い通りに真っ直ぐ転がすには経験も必要です。
こんな難しい作業を田植もしたことのない子供たちにさせるのはちょっと酷な話かもしれませんが何ごとも経験。
一生懸命に泥んこになりながら、前へ前へと「田植わく」を転がすものの、右へ左へとラインは曲がってゆきます。
これもまた愛嬌と皆で大笑いです。
こうして、なんとかライン引きを終え、苗を植える位置が決まったら、いよいよ田植の本番です。
裸足で田んぼに入ると、ぬるっとした泥の感触がなんともいえません。外気は風が吹いて結構肌寒いのですが、田んぼの泥の中は少しなまあたたかい感じがします。
ふらつく足元に気をつけ、せっかく出来たラインを足で踏み消さないように四角の枠の中に足を入れて歩きます。
そして、マット状に根が張り密集した苗の塊から、二、三本の小さな苗を小分けして田んぼに手で植えてゆきます。
小分けした苗の根元をよく見ると、まだ種の形をしたお米が残っています。
足元に注意しながら、手先に神経を配ります。うっかりすると、苗を何本もつかんで、太植えになってしまったり、線を踏み潰したりしてしまします。
時折突風が吹いて、中には田んぼの中につんのめって倒れてしまう人もいます。
それを見て、皆で大笑いです。みんなの笑い声が静かな田んぼにこだまします。楽しいひと時です。お昼に食べたお弁当の味はきっと格別だったのではないでしょうか。
約一反(三三〇坪)程の面積を約半日かけて植え終わりました。
天気も何とか持ちこたえてくれ、雨にあうこともありませんでした。
きっとおいしい玄米やお米 に育ってくれるでしょう。
今日は快晴。
久しぶりにさわやかな五月晴れです。
気温もちょうどいい感じ。
晴れ渡った空に
耳を澄ますと
ピーッピピー
と、ヒバリの声。
ツバメがピチピチいいながら
走り飛びかけてゆきます。
昨年晩秋にまかれた
大麦の種は
一冬越して
見事に実っています。
大麦の穂は黄色く色付き始め
麦の秋となりました。
麦畑で鳥たちの声
用水路に流れる水の音
何事もない
たわいもないけれど
幸せで平安な日
こんな中でマイセンのお玄米 は育ちます。
いよいよ春の農作業のメインイベント!
田植開始です。
トラクターで田起こしする部隊。
さらに、田植が出来るように
トラクターで仕上げる部隊。
田植をする部隊と
皆で作業分担しながら
同時並行で
春の農作業は進みます。
写真のように、
一度に10列(3メートル)の幅で植えてゆく
日本で一番大きいタイプの田植機です。
機械は大きくても
1箇所に植える本数は2~4本で極細に植え(通常は7~10本)
その植え付けの間隔も広く取りますから
本当に田植をしたのか
よ~く見ないと分からないくらいです。
のびのびと育てることで
マイセンのおいしいお米 に生長するのです。
今日は3回目の種まきです。
「イクヒカリ」という新しい品種もまきました。
「コシヒカリ」を開発した福井県農業試験場が
(コシヒカリは福井県で生まれました)
長年研究を続けて
コシヒカリを越える米として2年ほど前に誕生させたお米です。
昨年も少しだけ試験的に栽培しましたが
味も上々でしたので
今年は作付面積を拡大します。
さて、第1回にまいた種はその後どうなったでしょうか?
下の写真の通り、随分と大きな葉っぱをつけて
見事に生長しています。
拡大して見てみると・・・・・
どうです。緑緑して、立派になったでしょう。
ようやくこの地、福井でも桜が満開になりました。
と、思ったらいきなりの冷たい雨と風。
桜が散ってしまわないか・・・
ハラハラ、どきどき。(°Д°;≡°Д°;)
昨日からの雨も午前中に上がり
田んぼに出ると
誰もいない田んぼに
桜が満開。
ひっそりしていて
誰が見るわけでもないけれど
田んぼ道に沿って並ぶ桜。
これもまた趣があって
いいものです。
聞こえるのは
鶯の声と水の流れる音だけで
時間は止まったみたい。
今日も種まきです。
一度にたくさんの種まきは出来ないので
何度かに分けて種まきをします。
先日ご紹介した
第1回目の種まきのその後です
白かった芽が、下の写真のように緑色です。
いかにも元気な感じでしょう!(=⌒▽⌒=)
下はその拡大写真です。
もうすでに、小さな葉っぱが開きそうになっています。
その葉っぱの先には、水滴がまるで宝石のようにキラキラ¥輝いています。
美味しいマイセンのお米に育ってね。 (((( ;°Д°))))
田んぼには様々な生き物がいます。
鳥たちもその仲間です。
いろいろな種類の鳥たちがたくさん訪れてきます。
すずめ
シラサギ
タマシギ
タシギ
ゴイサギ
ツバメ
カモ
トビ
ハヤブサ
実にたくさん。
今日は
起こしのトラクターの後を
ゴイサギがついて来て
なにやら食べています。
先日まいたお米の種から
芽が出ました。
暗闇の中にいたせいで
モヤシみたいに白い芽ですが
太陽の光を浴びれば2,3日ほどで
黄緑色から緑色へと変わってゆきます。
この芽の出た苗箱をビニールハウスの中に並べ
1ヶ月ほどかけて育てます。
外はまだ肌寒いのですが
ビニールハウスの中は苗箱から湧き出る
発芽のエネルギーで温かく
霧が立ち込めたようになっています。
だんだんと春らしくなってきました。
田んぼの土手を利用した
菜の花ロードがあります。
その菜の花が、いま満開です。
黄色にずっと続く道は
ウキウキします
トラクターしか通らない
そんな道ですが
こんなにきれい (≡^∇^≡)
なんかいいですよね~。
遠くの山には、まだ残雪が
白く光っています。
このアンバランスがいい。
いよいよ種まきの始まりです。
種まきも私たちは少数で行います。
小さな流れ作業のラインを作り
種や、土などの補充は
自動化されています。
写真の左の方から
土の入った箱を入れると
水がかけられ
種をまき
その上にうすうら土をかけ
右手に出てきます。
これだけで普通の農家の50年分くらいあります。
種まきの終わった箱は積み上げられて
保温発芽器の中へ入れます。
2日ほどで芽が出てきます。
今年もおいしいお米になりますように・・・・
いよいよ、春ですね。
田んぼを耕した水たまりに
ほら、
これ、タニシです。
左と真ん中に、いるでしょう。
お分かりになりますか?
水が濁っているから
ちょっと分かりづらいかもしれませんが・・・・
そして、田んぼのあぜ道には
春、春です。
水を利用して種の選別をします。
「塩水選(えんすいせん)」という方法で、
比重の大きい塩水を作り、塩水に浮かぶ(軽い)種モミを取り除き、沈んだ(中身の詰まった良い)種モミだけを選ぶ作業です。塩水は比重1.17でかなりしょっぱいです(見ても分かりませんね)。塩水に卵を浮かべると、横に浮く程度です。
「良質な種モミ」とは、塩水選の根拠から言えばそれは胚乳(種もみの中身)内のデンプン量が多いということです。稲は発芽や初期生長において、胚乳内のデンプンを主要養分としていますので、その量が重要になるわけです。
塩水選をすると、右の写真のように、半分ほどの種モミが浮かんでしまいます。何度もかき混ぜて、種が浮かなくなるまで選りすぐります。
こうして二回にわたる厳しい選別を受けた種モミは、いわばお米のエリートかもしれませんね。
病気に強く、元気でおいしいお米には、丈夫な稲が大切です。そのためには良い苗が必要です。昔の人は「苗半作」といい、苗の良し悪しでお米の出来がほぼ決定するといっているわけです。
そして、良い苗には良い種モミが欠かせません。
だからこそ手間を惜しまず、入念に種の準備をするのです。
今ではこんな面倒な種モミ選別作業をする農家はほとんど皆無です。農協から農薬で消毒済みの「種モミ」を購入しています。
私たちも種モミを購入することはありますが、農薬を使用しない未消毒のものを買います。
購入した種は一応選別済みとなっていますが、もう一度マイセンでは念入りに選別をしなおします。塩水選をすると、やはり半分近くは浮かび上がってきます。ですから絶対に手抜きは出来ません。
春先はいろいろな農作業が重なります。
まずは、田起こしです。
写真のように、トラクターで田んぼの土の天地代えをします。
トラクターの左側の部分は、去年の秋に稲が刈り取られたままの
稲株の状態です。
それを、トラクターで耕すと、写真右側のように
稲株は地中に入れられ、隠れるわけです。
「田起こし」とは
まさしく冬の眠りについていた田んぼを
目覚めさせる(起こす)ことですね。
ここのところずいぶん温かくなりましたね。
田んぼからは、春先独特の匂いが漂ってきます。
冬の眠りから目覚めた
田んぼの息づかいのようなものです。
私たちも、いよいよ種まきの準備です。
60cm×30㎝の大きさの箱に
土を詰めます。
写真は、土を詰め終わった箱を積み上げたものです。
何万箱もあります。
下の写真は種まきをした後に、温度をかけて芽の発達を促す
保温器の準備の様子です。
いよいよ、春!
がんばるぞ~!!
田んぼにコハクチョウがたくさん越冬に来ています。
もう、春になるのでそろそろシベリアへ帰るころでしょう。
飛来したときに比べると、随分と太った感じがします。
田んぼで一杯食べて、元気に帰ってほしいものです。(=⌒▽⌒=)
ちなみに、コハクチョウは刈り取りのときにこぼれたお米(落穂)や、多年生の草を食べるそうです。
多年生の草は、私たちにとっては「やっかい者」です。それを、食べてくれるのですから、とてもありがたいことです。
次の冬も、また元気な姿を見せてほしいと思います。










































































































































































































































