社長ブログ(いなか百景)

2008年7月

一昨日のニュースで、北陸地方を豪雨が襲いお隣の石川県金沢市では
浅野川が氾濫して住宅地に被害が出た様子を放映していました。
当地の福井県では、4年前の集中豪雨で大きな被害が出ました。
当時の写真です。
2004年7月集中豪雨
(水に浸かった街中を避難する人たち)
2004年7月豪雨市内
(堤防決壊で道路は全て川となり、床上浸水)

今年の豪雨も早朝よりモーレツな勢いで降り始め、あの恐ろしい記憶がよぎりました。
幸い、雨も1時間ほどで止み、胸をなでおろした次第です。

多くの皆様より
「雨は大丈夫でしたか?」とか
「そちら福井はどんなご様子ですか?」
といったようなご心配のお言葉をいただきました。

本当にありがとうございます。
お蔭様で何事もなく、田んぼの稲たちも元気です。
今は、暑い日ざしも出てゆっくり稲穂が揺れています。

田んぼの稲も順調に成長し
いよいよ稲穂が顔を見せ始めました。

まず、あわてん坊の稲穂が
田んぼのあちこちでポツポツと顔を出し始めて
約一週間くらいかかって
田んぼ全体の稲穂が出揃います。

natutannnbo

稲穂は顔を出すと同時に
お米粒一つひとつに対して
小さな小さな白い花を咲かせます。

おおよそ朝の9時頃から午後の3時頃までの間に
たった1時間程花を咲かせています。
花の咲く時期は、とてもデリケート。
だから、花の咲いている時間は決して田んぼの中に入りません。

小さいけれどちゃんと雄べと雌べがあり
風などの振動により自家受粉して
やがてお米へと成長してゆくのです。

komenohana

暑い日々が続いています。
先日の日曜日に、涼風を求めて池田町に行ってきました。
池田町はお隣の町で四方を山に囲まれた高地にあります。
車で約1時間くらいかかります。

その池田町に「日本の滝100選」にも選ばれた「龍双ヶ滝」があります。
この滝には「昔、龍双坊という僧が修行をしていた」とか。
「深い滝つぼには龍が棲み、時々昇天のために滝登りをした」
といった伝説が残されています。 
プロアマを問わず、多くのカメラマンが写真に残す、美しい滝です。

P1000787

先日、東京へ行った帰りの新幹線での出来事です。

珍しく車内がすいていて、ぽつぽつとお客様が座っているような
そんな情況でした。
私の指定された座席に西日が射し込み
とてもまぶしくて、熱かったので
座席を反対側のシートに変更させていただきました。

その後、女性の車掌(アテンダント)さんが検札にこられたので
座席を変わった旨を伝え
「この座席は空いているでしょうか?」と尋ねたところ
「後ほど確認してまいります」とのご返事。

でも、車掌さんはなかなか戻ってきませんでした。
その日の疲れも手伝ってか
いつの間にか私は眠ってしまっていました。
読みかけの本も開いたままです。

ふと目が覚めて、何気なく本に目をやると
メモ紙が置かれたいました。

P1000757

「こちらの席をおさえておきました。
ごゆっくりお過ごし下さい」
と、、優しいメッセージです。

ややもすると、以前は眠っていても
「切符を拝見」
と無理に起こされたものですが
今回の女性の車掌さんの心遣いに
とてもありがたく
優しい気分にさせていただきました。

感謝、感謝

日本のお米の起源について、新しい事実がわかったようです。

以下 朝日新聞より引用です。

日本や中国で栽培されるイネ「ジャポニカ」の起源が、インドネシアやフィリピンまでたどれることがわかった。農業生物資源研究所(茨城県つくば市)の井澤毅・主任研究員らが、もみの大きさを決める遺伝子の変異を手がかりに突き止め、6日付の米科学誌ネイチャー・ジェネティクス(電子版)に発表する。

 もみの幅が広くて米粒が大きいジャポニカは、これまでの考古学的な調査によると、約1万年前の長江中・下流域が起源との説が有力だ。

TKY200807060204

 研究チームは今回、ジャポニカの「日本晴」とインディカの「カサラス」の2品種を比べ、米粒の大きさの変化にかかわる遺伝子(qSW5)を発見。この遺伝子が変異してジャポニカのもみが大きくなったことを確かめた。

 この変異と、もみを穂から落ちなくする遺伝子変異、もちもちした食感にする遺伝子変異の計3種類について、アジア各地の古い栽培品種142系統を調べた。

 その結果、フィリピンやインドネシアの品種で、三つの遺伝子に変異のないものと、もみを大きくする変異のみをもつものが見つかった。このため、この地域でイネの遺伝子が変異してもみが大きくなり、その後、インドシナ半島や中国大陸で他の二つの変異が組み合わさって現在のジャポニカができたという。

 総合地球環境学研究所の佐藤洋一郎教授(植物遺伝学)の話 もみの幅を広げる遺伝子の変化をとらえたことは大きな発見で高く評価できる。ただ、遺伝子の変化を、直接イネの栽培化と結びつけるのは難しい。考古学資料とのすり合わせが必要だろう。